雑銭 掲示板



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1797件の内、新着の記事から30件ずつ表示します。


[1865] 文久様

投稿者: 浩泉丸 投稿日:2021年10月25日(月)23時33分37秒 p1588140-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp  通報   返信・引用

小川青寶樓旧蔵品
この淡黄色未使用の文久様は茨城方面で挿しで見つかったというように聞いています。
出現の仕方がなんとなく怪しく、贋作師のOE氏の存在が気になるのですが、確証はありません。文字に細かな加刀があります。


手元に離用通手もあるのですが・・・何とも言えません。真贋不明ですけど、私自身も自信がない。長い収集をしているとこんなこともあります。
もちろん本物としてきちんとお金を支払ったものなんですけど・・・画像は割愛。

http://kosenmaru.sub.jp/kannei49.html




[1864] 投稿画像

投稿者: 浩泉丸 投稿日:2021年10月23日(土)07時01分36秒 p1588140-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

Aさん(安政期俯永)

安政期銭がよく分からないと1週間前に書いたところ、Aさんから画像をお送りいただきました。35年前に購入した4000枚ほどのうぶ銭の中から出現したとのこと。安政期の特徴は側面のロクロ仕上げと穿内のべったりやすり。机の上に銭を立てることができるほどきっちりと仕上げられています。Aさんの俯永は未使用の極美品。やや黄銅質に見えます。
大きさは28㎜をわずかに切るようです。
雑銭のようですがありそうで見つからない珍銭。明和期や文政期とは仕上げも銅質も異なります。これは間違いないでしょう。
ただ、文久様もロクロ仕上げなんですよね・・・後出かもしれない黄銅質のものがあってよく分からない。これについては青寶樓の元蔵品を保有しています。文字に加刀が若干あるようなんですけど・・・。

Sさん(島屋直寶・幻足寛)
これはネットで購入した雑銭の中から出てきた・・・私がよく言う黄金の一発。
Sさんはまだ駆け出しの収集家。こんなもの拾った日にゃ・・・たまりませんね。

http://kosenmaru.sub.jp/kannei49.html



[1862] スタリキ

投稿者: 浩泉丸 投稿日:2021年10月22日(金)22時58分47秒 p1588140-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

スタリキは古銭書のあちこちで見かける名称ですけど、Googlでヒットしないとは、そして68式ヲヤジ様が私のHPで知ったというお話に驚きました。もしかしてとんでもないガセネタを流していたかもしれないと出典を改めて調べましたが、古銭語辞典には未掲載でした。また、日本古銭贋造史にもありません。私がはっきり読んだと記憶しているのは「絵銭の相場」です。この本の中身は穂泉こと小泉健男師なんですけど、編著は太田保師となっています。スタリキの説明が書かれているのは巻末の専門用語紹介のところなのです。その「腐食」の項に【(前略)この腐食の作業は装飾や印刷業者の俗語で「スタリキ」と呼ばれ(中略)スタリキの技法は古く、文禄年間に移入され、江戸末期の天明年間に司馬江漢により薬品腐食銅版術が応用されていて、(後略)・・・】とありますから、おおかた私の知識はこの記述に沿ったものだと思います。なお、この腐食の技術については古来「腐らかし」とも呼ばれていて、現代においても刀剣などの金属加工において鍔などに模様を描く技法として用語が使われています。ちなみに古銭用語の「覆輪」も刀剣の用語から転用されています。
ただ、「腐らかし」がなぜ「スタリキ」になったのかが分かりません。「腐る→廃る→廃らかし・廃り液・廃り技」から来たのかも知れないと思っているのですが、私説が独り歩きしてはいけないと思っています。どなたか正しい語源を教えてください。

http://kosenmaru.sub.jp/index.html



[1861] スタリキとは

投稿者: 68式ヲヤジ 投稿日:2021年10月22日(金)10時50分30秒 p33095-ipngnfx01aobadori.miyagi.ocn.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

この天保銭、一見して良くないですよね。これはいわゆるスタリキ加工(つまり贋物)ではないかと思って入手した物です。実際は実体顕微鏡で加刀痕と砂目が確認できたのでスタリキではないのかも知れませんが、天の前足、保の人偏に作為があるのでやはり良い物ではありません。

スタリキなる言葉は浩泉丸様のHPの記事を通して初めて知りました。金属の腐食加工技術でエッチングの一種のようですが、Webで検索しても浩泉丸様のページの他はボート関係と人口28人のロシアの村の名前しかヒットせず、専門用語にしても超マイナーです。

エッチングに関してはプリント基板のごく薄い銅箔を必要部分だけ残すことのイメージしか持っておらず、手工業で古銭の加工に応用した場合、銅箔より遥かに厚い(高い)高さの銭文を自然な立ち上がりで後加工なく上手く抜けるものなのか、肌はどの様な感じになるのか今回確認したかったのですが叶いませんでした。スタリキの実物を持っている方はいらっしゃいますか?



[1860] 古銭と関係ない話

投稿者: 浩泉丸 投稿日:2021年10月20日(水)00時42分58秒 p1588140-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

市内の廃寺寸前の無住寺を探訪。あえて名前を記しませんがここには市原市の重要文化財の仏像が7体もある。
お寺は自然保護林として指定されている森の苔むした山道を登った先にひっそりとありました。この森林そのものが特殊な生態系や植物分布が見られるのだそうですし、古代の山城の城郭跡でもあります。(実は市原市は古墳と古代の山城跡だらけなんです。)寺の歴史は10世紀以前からあったようで、とにかく古い。残された仏像も鎌倉期以前のものらしい。このお寺の最期の住職が、寺宝を守るため薬師堂を建てて仏像類を納めたとか。だから今は小さな小窓から眺めることしかできません。住職のお墓はその薬師堂のわきにひっそりと置かれていました。
驚いたことにここの境内の至る所には立派なブロンズ像があります。
調べると長崎平和記念公園にある巨大なモニュメントを作成した巨匠、北村西望氏の作品ばかり。どういった経緯でここにこれらの作品があるのか、よく分からないのですが、昭和59年に100歳を超えた北村先生を招待して除幕式も行ったという新聞記事を発見しました。今は訪れる人もほとんどいない山奥にこんな文化財級の美術品がいくつもある。(本物の重要文化財ももちろんある。)盗まれないのか心配です。

※一番大きな像は5メートル以上あります。台座を含めると7~8メートル。見上げるほど巨大で圧倒されます。そこで一句・・・黄落の廃寺に笑むや観世音 おそまつ。

※亡くなったご住職が北村西望の愛弟子だったようです。

http://kosenmaru.sub.jp/kannei49.html




[1859] 享保期背佐

投稿者: 和泉斎 投稿日:2021年10月15日(金)17時49分19秒 61.185.86.54  通報   返信・引用

佐渡には美銭がない?
これは私が見た一番きれいな享保背佐です,明らかに彼は母金ではない。
佐渡は金が悪く、鋳肌が荒れ、粒感が強い。
これは例外で、鋳筋は滑らかで、縮字勁文の特徴をそのまま受け継いでいる。
裏を見なければ縮字に違いない
直径:25.30mm
肉厚:1.06mm
内径:19.75mm
重量:3.61g



[1858] 逆コ頭通??

投稿者: 柚岡拓乃助 投稿日:2021年10月10日(日)21時53分48秒 flh2-133-203-165-96.tky.mesh.ad.jp  通報   返信・引用

こんばんは、返答の方ありがとうございます。
寛永通宝は一つ一つ手作りですから異物が混入したり、鋳不足があるのは納得です。
雑銭から見つけましたから驚きましたが、大騒ぎする事ではないですね…
私的見解ですが、仙台の異書に見えてきました。
基本銭をしっかりと勉強します。
いつもいつも、ありがとうございます。



[1857] Re: 逆さコ頭通??

投稿者: 浩泉丸 投稿日:2021年10月 9日(土)21時15分58秒 p1588140-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp  通報   返信・引用 > No.1855[元記事へ]

柚岡拓之助様

江戸時代の貨幣は鋳造物。型打ちによる現代の製法とは異なり、鋳造ですから、鋳不足、鋳だまりは普通に発生します。元文期の銭座(京都七条)の鋳造の様子を描いた翁草の記述が正しいとすればおよそ2割が不良品とされたとのこと。このようにかなり不良率が高いです。
今回の発見はいわゆる鋳だまりによるもの。兄弟銭として同じタイプのものがあったかもしれませんが、残念ながら大騒ぎするような変化とは言い難いです。
まずは基本銭の美銭を集め、手替わりはそれから収集するようにしましょう。それときちんとした泉譜を買って調べましょうね。

http://kosenmaru.sub.jp/kannei49.html



[1856] 続き

投稿者: 柚岡拓之助 投稿日:2021年10月 9日(土)19時06分21秒 p407194-ipngn3401hiraide.tochigi.ocn.ne.jp  通報   返信・引用

申し訳ございません。
全体図を載せませんでしたので再度アップさせて頂きます。



[1855] 逆さコ頭通??

投稿者: 柚岡拓之助 投稿日:2021年10月 9日(土)19時04分11秒 p407194-ipngn3401hiraide.tochigi.ocn.ne.jp  通報   返信・引用

こんにちは、お久しぶりです。最近は疫病も収まってきましたがまだまだ気が抜けない状態ですね、
さて、今回は寛永通宝の通の字コ頭が写真のように真逆に鋳造されています。
私の収集歴史上初めてのことで知識ではこれがどうして作られたか、不明な点が多々あります。
もしよろしければ先輩方のご意見をお聞かせ頂けませんでしょうか?よろしくおねがいします。



[1854] Re: 寛永銭誕生の謎?

投稿者: 浩泉丸 投稿日:2021年10月 9日(土)07時51分28秒 p1588140-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp  通報   返信・引用   編集済 > No.1853[元記事へ]

仙人様
網縄手については身分制度を含みかなり調べたのですけど・・・残念ながらそこまでですね。新型コロナ感染症は急速に下火になっていますが、業界ではまだ自粛が継続しています。これについては私自身が号令をかける立場なので破ることができません。来月に都内で開催される甥の結婚式にも参加できない旨を伝えており、整合性を守る意味からも年内の参加は不可能だと感じており、大変申し訳ございません。
百聞は一見に如かずと言いますか、事実は小説より奇なりと言いますか・・・どんな事実が飛び出すのかの楽しみは来春まで取っておきますので、仙人様も時節柄ご自愛ください。

※コロナの影響でインフルエンザワクチンの絶対的供給不足が発生しています。気になる方はお早めに予約された方が良いと思います。

http://kosenmaru.sub.jp/kannei49.html



[1853] 寛永銭誕生の謎?

投稿者: 天保仙人 投稿日:2021年10月 9日(土)04時20分33秒 p853003-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp  通報   返信・引用

   制作日記に芝・網縄手の場所探しが記されていましたが、やはり真実を知らないようですね。
 何故解らないのか!記録が無いのか!そもそも鋳銭地に芝を選んだ理由はナニ?
 全てにキチンとした理由があります。
  しかし田中銭幣館師・小川青寳楼師達が記さなかった以上、私も書けません。
 どうしても知りたい場合は当家までお越しください、約2時間位は掛かりますが、
 お話致します。
  先日はA氏とモト君が来て話をメモっていました、可成り驚いていましたね(笑)

                     天保仙人?~



[1852] Re: これなんの古銭でしょうか

投稿者: せに 投稿日:2021年10月 8日(金)13時54分42秒 26.net220148094.t-com.ne.jp  通報   返信・引用 > No.1851[元記事へ]

> 素性が分かりました。
>

大変ありがとうございます!
資料まで出して頂きありがとうございます!
すっきりしました。
本当にありがとうございました。

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12250076587



[1851] Re: これなんの古銭でしょうか

投稿者: 浩泉丸 投稿日:2021年10月 5日(火)23時52分27秒 p1588140-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp  通報   返信・引用   編集済 > No.1850[元記事へ]

素性が分かりました。

やはり火事・・・それも函館大火が関係しています。1934年(昭和9年)に起きた函館大火の後に函館消防局が見舞いの答礼品として作成した記念銭(絵銭)のようです。銘は安鎮加寶と説明が絵銭図譜中巻にあるのですけど・・・加とはちょっと読みづらい。だいたい加寶の字を使う意味が分からない。本当に安鎮加寶と対読で良いのでしょうか?ひょっとして「安加」で「やすらか」かな?すると順読の「安加鎮寶」になりますけど・・・昭和の絵銭で死者2000人以上の大火が元ですからこれはあり得そうです。

函館火災については2015年の制作日記9月24日を参照にしてください。これについてはかなり調べた記憶があります。江戸の火災記録も調べるとすごいですよ。(その後の復興再生力も・・・)江戸っ子が宵越しの金を持たないと言われた理由が分かります。

※火防基寶の背の文字は「函館」です。念のため・・・

※和同開珎 を「わどうかいちん」と読んで、それをもじった「珍開和同」なる絵銭があります。この絵銭はもともと男女の陽陰を現し、男性は珍寶で女性は開寶なんだそうで、エロイですけどなんとなく意味は分かりますか?ですから加寶より鎮寶のほうが音的には自然なのです。ちなみに私は「わどうかいほう」と読む派なんですけど。

http://kosenmaru.sub.jp/kannei0-11.html



[1850] Re: これなんの古銭でしょうか

投稿者: 浩泉丸 投稿日:2021年10月 5日(火)14時00分28秒 pl49101.ag2525.nttpc.ne.jp  通報   返信・引用 > No.1849[元記事へ]

安〇鎮寶・・・2文字目が読めないです。宕の篆書体かな。
背側の中央は火炎宝珠。鎮めることから防火のお守り絵銭かしら。
安宕という地名は今はないのですが、読み方からすると愛宕・・・愛宕神社系のものだとすると・・・これは火伏や防火のお守り。愛宕神社は火伏と防火に霊験あらたかな神社。
愛を安に変えたのは安全、安心の意味かもしれません。

江戸~明治、大正時代は想像を絶する大火が毎年のように全国各地で起こっていました。火を恐れる意識は今の比じゃありません。函館の火災の歴史を調べるとよくわかります。
したがってこのような防火の絵銭は良く作られたと思います。時代はそんなに古くないかもしれません。
以上、想像半分以上ですがそんなに外れていないと思います。後でもう一度絵銭譜を調べてみますので、今はここまで・・・。



[1849] これなんの古銭でしょうか

投稿者: せに 投稿日:2021年10月 5日(火)11時35分42秒 26.net220148094.t-com.ne.jp  通報   返信・引用

失礼致します。
ヤフー知恵袋でも解決しなかったのでこちらに辿りつきました。
なんのコインなのか詳細わかる方、教えていただきたいです。
よろしくお願いします。

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12250076587



[1848] Re: 広郭手背濶縁?

投稿者: マイク 投稿日:2021年10月 4日(月)02時00分13秒 cpe-67-247-65-60.rochester.res.rr.com  通報   返信・引用 > No.1846[元記事へ]

浩泉丸様

いつもありがとうございます!そこまで色々と分かるなんて素晴らしいです。では、この天保銭を久留米正字背異(彫り込み天保文字)として自分用にカタログしておきます。評価は7のままだと思いますが。一つ新しいことをまた学んだので嬉しいです。おまけに今月再びドクターXが始まるので楽しみが増えました。



[1847] 秘境のお店

投稿者: 浩泉丸 投稿日:2021年10月 4日(月)01時13分51秒 p1588140-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

チバニアンは最近話題になったので名前は知っている方は多いと思います。学術的な場所なのでたいしたことはないのですけど、天気が良ければ養老川の清流が味わえます。
そのチバニアンのある田舎細道(すれ違えない農道)から出て、国道を横切り、まっすぐ山の方にひたすら走り、加茂ゴルフ倶楽部を過ぎたトンネルの先で市原市内最高峰の秘境「月出」集落につきます。トンネルができる前は山越えするしかなかったような地。
この地になぜ昔から大きな集落があったのかは郷土史好きの私にもよく分からない。おもな産業は林業と炭焼きだったらしいのです。地図にない廃道がたくさんあって森の中は迷路です。
月出集落に着いて最初に目につくのが立派な小学校。昔は子供がたくさんいたのでしょう。不思議なぐらい立派な校舎です。今は廃校ですが、土日だけカフェがオープンしますので機会があったらお立ち寄りください。「月出工舎」と言う名前です。
学校の周囲に15軒ぐらい家が固まった場所がありますが道が細いのなんの・・・軽自動車でも厳しいので侵入注意・・・頑張れば養老渓谷方面に行けますが途中のすれ違いはほぼ不可能のダートな林道なので観光客は入らない方が良いと思います。
学校前を左折して、80m、大多喜方面の林道分岐へ右折すると・・・・しばらく山道が続きます。(道は一部細いものの舗装されています。)
車で走ること3㌔(徒歩40分余りアップダウンきつし)ほど・・・月出と大多喜の境の山頂に到達(伊藤大山)。その山頂を少し降りたところにきれいなキャンプ場があり、その奥に「カフェビッグワン」という知る人ぞ知るハンバーガー屋があります。
なぜこんなところに・・・と一瞬目を疑う立地なんですけど、口コミで今人気なんです。
途中すれ違いが厳しい道が続くのでお客はバイク野郎が中心。徒歩で行くなんて私らぐらい。価格は安くないけどここまで来た達成感と合わせると絶品です。
実は市原側からだと大変なんですが、大多喜駅側からだと車で20分くらいで着くというからくり。それでも周囲にお店が全くない山の上ですから感動しますよ。

http://kosenmaru.sub.jp/kannei49.html



[1846] Re: 広郭手背濶縁?

投稿者: 浩泉丸 投稿日:2021年10月 4日(月)00時01分24秒 p1588140-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp  通報   返信・引用   編集済 > No.1844[元記事へ]

マイク様

本座広郭に比べて、花押の一番上の角が短いこと、花押の袋部分の底の角に丸みがあるのが分かりますか?理解できたら水戸藩のページを調べてください。

なお、繊字と正字の違いは、背の當字の冠の前垂れが外側に反るのが繊字、まっすぐなのは正字、通のしんにょうが細く跳ねが鋭いのが繊字です。
天保仙人様は繊字は水戸藩で正字類は久留米藩と言うお考えです。銅質と製作、極印に確かに違いがあります。HPも直せばよいのですけど、めんどくさくてそのままです。ごめんなさい。ただ、掲載頂いた天保銭は天保の文字の周囲に彫り込みがはっきりありますよね。これは久留米とされるものの周囲にもよく見られる特徴。久留米と水戸・・・何かつながっている気がします。(鋳工が同じだったりして)

http://kosenmaru.sub.jp/tenpo3.html



[1845] 詩銭・様銭

投稿者: 浩泉丸 投稿日:2021年10月 3日(日)23時38分11秒 p1588140-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

康健様の掲載された大型銭画像がたしかに詩銭だと思います。穴の細道で見たような気がします。(間違った記憶かもしれませんが・・・)
未開金口については、何度も画像は見たことがあります。日本でいう彫母ですけど、政府の許可前なら・・・日本語で言えば・・・「試作彫母銭」「稟議彫母銭」になるのかしら。中国語表現の「未開金口」は日本語的には少々分かりにくい表現かもしれませんね。でもせっかくの名称を変えるには勇気がいりますね。

手本銭という名前は、毛利侯爵家伝来の木箱に「九六銭ニ〆 手本銭五貫文 寶庫」と書してあったことが由来で、後にこの木箱に納められていた大型未使用の古寛永通寶が「毛利家(長門)手本銭」として市場に出回ることになりました。この古寛永は寛永年間から保存されているものだったらしいのですが、「手本銭」が正確に何を現していたのかはよく分かりません。大ぶり銭ばかりで、金質や書体も通用銭と同じことからして、毛利手本銭は長門の地(毛利家領内)でつくられたもの、そして主君である毛利家に「こんな出来栄えでいかがでしょうか?」と献上したものじゃないかと思うのですが、その大半が未仕上げ銭であるというのが、中国の進呈様銭とは異なります。これは文化の違いかもしれません。
日本の大名コレクターは出来損ないや未使用のものを面白がって集める文化もあったようですから・・・。

見本銭も手本銭も日本語の意味的にはだいたい同じ。なにせ、これらを示す正式な名称や定義さえ日本の古泉界にはまだ確定的ではないのですから。稟議銭、試鋳銭、御用銭、内裏銭、折二様、大様銭など、個人的な発表や伝承(噂)、見た目の雰囲気で日本の「通常とは違う作りの古銭」にもいろいろ名称がつけられています。しかし絶対的な呼称はないというのが本当のところでしょう。そういう意味では、製造目的がはっきりしている中国の古銭の方が研究が進んでいますね。

さて、画像に雑銭箱にあった嘉慶通寶の背康を添付。色がきれいに出ませんでしたが、清朝銭のきちんとした色です。康は本来ない局なのでファンタジーかしら。
背東は探したけれど見つかりませんでした。満文なしの東(面は康煕通寶)かひょっとしたら東東になっていたかもしれません。つくりはもちろん清朝銭です。

http://kosenmaru.sub.jp/kannei49.html



[1844] 広郭手背濶縁?

投稿者: マイク 投稿日:2021年10月 3日(日)21時29分14秒 cpe-67-247-65-60.rochester.res.rr.com  通報   返信・引用

鑢の仕上げ、赤のかっかた銅質、背濶縁である事、それに雑な仕上げを見て水戸銭かなと思ったのですが、それとも広郭手かな?いかがでしょうか?22.94g, 32.4 x 48.6mm



[1843] Re: 様銭

投稿者: 康健 投稿日:2021年10月 3日(日)12時44分30秒 hn.kd.ny.adsl  通報   返信・引用

宣原蘇薊昌,同福臨東江。南河寧広浙,臺桂陝雲漳。



[1842] 様銭

投稿者: 康健 投稿日:2021年10月 3日(日)12時42分48秒 hn.kd.ny.adsl  通報   返信・引用

ふだん「詩銭」と云うのはこの絵銭の事である。この詩も公的に認められているが、意味はなく、韻を踏んでいるように聞こえる。
宣原蘇?昌,同福臨東江。南河寧広浙,臺桂陝雲漳。文字の一つ一つが省の銭座に対応している。



[1841] Re: 様銭

投稿者: 康健 投稿日:2021年10月 3日(日)08時28分23秒 hn.kd.ny.adsl  通報   返信・引用

浩泉丸様
?部頒様銭とは、戸部から各省に交付されるサンプルのことである。各省の銭座では、部頒様銭の基準に基づいて、似たようなものが作られていた。多くの種類が生産され、これらを様銭と呼び、最後に一つを選び出して正式に発行する。戸部は彫母や母銭を与えず、各省が独自に制作した。
?地方の省が戸部から支給された部頒様銭を参考にして作ったのだから、省の銭座で作られた様銭が部頒様銭とまったく同じであるはずがない。
?君の言う厚肉と郭内が丸の母銭は銭座が作ったのに政府の許可を得ていないものだ。試鋳の段階さえ許可されていない。許可されれば、真ん中の穴が開く。この種のものは皆彫母である。とても貴重です。これを「未開金口」と呼びます
?進呈様銭とは、すでに発行が確定している通用銭で、正式に発行される前に、一部の完成品を選んで主管部門に検査し、主管部門の承認を得るために、これらの通用銭はピカピカに磨かれている。
?君の言う「詩銭」は、人々が付けた美しい名前だ。それらの役割は、それぞれの銭座をマークするだけです。詩になるのにちょうどいい。背臺の大型康煕通寶は非常に珍しい
?中国では民間で銭貨を作ることは許されていなかった。「絵銭」も許されなかった。すべての「絵銭」は銭座製である。しかし、四川の銭座では20種類以上の詩銭様式の絵銭が作られていた。通用銭の中の「詩銭」とは様子が違う。
?現在では日常的に詩銭と呼ぶことは少なくなり、満漢文と呼ぶことが多い。中国で「詩銭」と言えば、別の絵銭のことだと思われがちだ。
?「様銭」というお手本銭については、日本語でどう表現すればいいのかわからない。
? ところで、私は見本銭と手本銭の違いを知らない。私には同じように見えます



[1840] 様銭

投稿者: 浩泉丸 投稿日:2021年10月 3日(日)00時24分5秒 p1588140-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

康健様ありがとうございました。

部領様銭 進呈様銭 様銭 の3種あるのですか。勉強になります。日本では万選銭・内廷銭と紹介されていたと思います。ただ、浅学の私は部領様銭と様銭の区別がまだよく分かっていません。両銭の見た目のはっきりとした違いがありましたらお教えください。
なお、清朝銭の中には厚肉で郭内が丸くなっている母銭づくりのもの(彫母?、原母)もあったと思います。それは進呈様銭とは関係ないのでしょうか?

さらに、詩銭と呼ばれるものもあったと思います。背に局(鋳造地)一文字が記されているようなものだったと思いますが素性は民間鋳造の絵銭なのでしょうか?それとも清朝銭譜の言うように祝鋳銭なのでしょうか。(かつて満文がなく背に東だけある康煕を保有していたと思いますが、売っちゃったのか最近見ていません。また、背臺の大型康煕通寶を保有していましたが、価値を知らずに1万円ぐらいで譲ってしまい今思うとものすごくもったいなかったと思っていますが・・・あれも詩銭だったのかしら?清朝銭譜の190番と同じ品でした。)

ところで・・・
私の所有している不旧手折二様に不思議な美銭が存在します。一般の折二様と違いとても練れが良い黄銅質で、面背の砥石の磨き仕上げも丁寧で一般のものとは異なります。大きさも一回り大きいのですけど内径は一般のものと同じ。郭内の仕上げも比較的丁寧に磨かれていながら(泉譜などに言われる)母銭のようなテーパーは見られませんし、よく見ると背側の仕上げ角度が少し曲がっていて雑なところもあります。
小様の母銭に該当するのなら分かりますが、ここまで大きくする理由がわからない。これが進呈用様銭に該当するのならおもしろいかなと思います。素性がお分かりになる方・・・ぜひ詳細を教えてください。

※3枚目の画像は、通常の折二様と折二様小様です。通常の折二様が部領様銭で、折二様小様が様銭に該当すれば面白いのですけど、折二様小様はあまりに少なすぎます。

ところで「様銭」「詩銭」 は日本語では何と呼べば(発音すれば)良いのでしょうか。「さません?ようせん?」「しせん?うたせん?」ご存知の方お教えください。

http://kosenmaru.sub.jp/kannei49.html



[1839] Re: 萩藩方字細字

投稿者: 康健 投稿日:2021年10月 2日(土)12時23分54秒 hn.kd.ny.adsl  通報   返信・引用

浩泉丸様
清朝以前の古銭は考証が難しい。しかし、清朝の古銭は中国では詳細に考証されている。
中国は広大な領土の国である。清朝政府は貨幣統一のために,戸部が各省ごとに同じ形の見本銭を配った。この銭貨を部頒様銭という。
各省ごとに、戸部から渡された部頒様銭の模様から、似たような種類の見本銭が作られ、これを様銭という。通用銭の形を決めてから、完成品の一部を抜き出し、表面をピカピカにして上級部門に審査するのが進呈様銭と呼ばれる。
清朝の見本銭は3種類ありました
すでに各種文献や北京故宮の実物から確認されている。
でも中国は土地が広いせいか、人も多い。清の時代は銭貨に美しさを求めず、量を重視した。
日本とはずいぶん違うようだ。



[1838] Re: 萩藩方字細字

投稿者: 浩泉丸 投稿日:2021年10月 2日(土)07時58分53秒 p1588140-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp  通報   返信・引用   編集済 > No.1837[元記事へ]

古銭を集め始めたとき、日本になぜか大量にあった清朝銭は雑銭扱いで、その中に「万選銭」とか「内廷銭」と呼ばれる大型の乾隆通寶、道光通寶がちらほらあり、ことあるごとに収集していました。(今でも何枚か残っています。)

いわゆる銭座の祝鋳、記念銭なんだろうなあ・・・ぐらいに考えていたのですが、日本でいえば「御用銭」「折二様」のほかもしかすると背十や背川あたりが該当しそうです。また、古寛永の大型銭やいわゆる「手本銭」はその類に該当すると思っています。手本銭は大型銭ながら鋳だまりやス穴が多く、文字も太くつぶれ気味で母銭としてはそのままでは使えません。(と、いうか母銭として使えないように面を強く砥がれたと考えるべきかしら。)だからこそ手本銭・・・進呈用のものだと思うのです。
手本銭は青房がつけられた挿しであったと思います。いわゆる青房寛永で、これは当時の恩賞、進呈の特別なものだとか。

天保銭についてはどうかというと・・・実は聞いたことはほぼありません。たしか、天保通寶のアイデアを金座に進言した狩谷棭斎に対し、鋳放しの萬年手天保通寶が渡されたとか・・・。天保通寶を贈呈用にするのなら、やはり青房をつけるのが最も簡単じゃないかしら。
日本の銭座の風習の多くは中国の文化を輸入したものですが、幕末あたりになると独自の文化・風習が形成されていたかもしれません。天保通寶をつくった金座の場合、逆背、逆打ち(逆さ小判・逆さ一文金)などが進呈用にされていました。完全なものではないのは、天保仙人様の仰る「完全なものには魔が宿る」と言う考えが根底にあるようです。錯笵の天保銭の中にも贈答用の品があるのかもしれませんが今のところこれも聞いたことがありません。
康健様の天保通寶はとても大事に保存された未使用品であろうと思います。どうやったらこんなにきれいに保存できたのかは不思議で、へそ曲がりの私は近世加工まで疑ってしまうのですけど、康健様の目を信じたいと思います。

方字の細字は楽しい品です。これは鋳ざらい母銭の特徴・・・文字が細く山形に切られている・・・を忠実に伝鋳しています。昔、侍古銭会のヨネさんから同様の品を見せていただいたことがあります。天の末尾や保点が湾曲して面白いですね。



http://kosenmaru.sub.jp/kannei49.html



[1837] Re: 萩藩方字細字

投稿者: 康健 投稿日:2021年10月 1日(金)13時43分34秒 hn.kd.ny.adsl  通報   返信・引用

青煮斎 様
清朝の古銭が鏡面に磨かれると、進呈様銭と見なされるという意味です。しかし、現代人が作ったものであることはまず排除しなければならない。
稟議銭は中国では進呈様銭と呼ばれる。ただこの天保通宝が清国の進呈様銭に似ているところがあるので、質問した。
中国の古銭は今では不思議なほど高い。ともすると百万円もする。もちろん安い種類もたくさんあり、低級すぎて達成感がありません。
私にはもう中国の古銭を集めるお金がない。T_T



[1836] Re: 萩藩方字細字

投稿者: 青煮斎 投稿日:2021年10月 1日(金)12時55分35秒 p2534080-ipngn200809osakachuo.osaka.ocn.ne.jp  通報   返信・引用   編集済 > No.1833[元記事へ]

萩藩 方字細字細郭 でしょうか、方字は作りが荒い物も多いみたいですが、これは綺麗に鋳出されていて良いですね。
状態もとても良く見えます。
本座長郭もこれ以上ない位綺麗ですね、、
天保通寶にも稟議銭みたいな特別な物があったのでしょうか?

咸豊元寶(通寶、重寶)も当方はまだ全然分からないのですが、かなり人気が高いようですね、
レプリカ物が多すぎて、初心者の当方には真贋の判断がつかず、まだまだ当方には10年は早い古銭ですが、
いつか何枚か手に入れてみたいです。(^_^)



[1835] 清朝の進呈様銭

投稿者: 康健 投稿日:2021年 9月30日(木)23時20分30秒 95.179.219.84.vultr.com  通報   返信・引用

同時期の日本銭の工芸水準は清朝よりすぐれていた


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