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ストレス

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年 6月10日(日)23時53分27秒
  毎日、食事療法に必死で取り組んでいるが、時として我慢できなくなる。
今日一日くらい食べ過ぎてもいいか・・・などと甘い考えに走ることもある。
ちょっと多めに食べたかなと思った日には、体が少し力がついたような気分になる。
それは、日頃食事制限に気をとらわれてカロリー不足になっていると体がだるくて仕方ない。
蛋白制限はあっても不足しすぎてもいけないし、当然エネルギーも不足しがちになる。

最近、市販の食べ物にも蛋白質0、脂肪0でエネルギーが適量入っているゼリーなどが目につき、ほっと一息・・・。美味しさはまぁまぁだけど、ちょっぴり満足・・・。

先日、定期受診の採血の結果が悪く腎臓機能が下がっていて、すご~くショックを受けた。
なぜ?食事療法も頑張っているのに・・・。
ただ、疲れが数日来続き、夜も不眠が続いた。
肝機能も高くなっていて、医師から「疲れのせいでしょう。」と言われた

ショックというものは怖いもので、気力が一気に抜けおちて、自宅へ戻ってから体が動けない。
しんどさが増して、パソコンに向っても座っておられず1時間ほど横になり、自分の気持ちを静めることとした。

自分の体をとうして、また、今案での経験から見えて来たものも含めて、ケアマネの仕事を続ける中で人の辛さや哀しさなどを受け止め残りの仕事にまた、私の今後の人生の糧にしていこうと思った。
ストレスにそのまま、負けてはいけない。プラス思考にきりかえてよくなることを思い続けて頑張っていこうと自分に言い聞かせています。
 
 

腎臓は万病のもと

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年 6月 5日(火)20時53分13秒
  慢性腎臓病と言われてわづか5カ月のうちに、いろんな障害に気付くことになる。
腎臓の造血ホルモンが少なくて貧血。カルシュームの吸収も低下気味で骨租しょう症にも注意。視力低下も急激に進んできた。先日、さすがに見えにくくなってメガネをつくったのだが、裸眼で0.1矯正しても0.3までしか見えない。体調が落ち着けば手術をしょうと思いながらも最近の視力低下は急激である。
それに鼻腔内の乾燥もここ3カ月は鼻汁が一滴も出ず鼻づまりが続く。これも腎機能障害にも関係あるらしい。
筋肉の衰えも気になるところである。
腎臓機能が50%を切ると悪くなるのは早いと言われている。
周りの人たちの中にも、今はどうもないと言っていてもクレアチニンが1.0を超えるようなら予防に気をつけるべきである。
初期に気がつけば改善策はある。
日頃から血液検査の結果にはしっかり目を通して↑↓矢印がついていたら、Drはたいしたことはないと言っても気をつえましょう。
 

食事療法の大切さ

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年 6月 1日(金)23時53分39秒
  私は慢性腎臓病となって、自分の身をもっていろいろと学ばせてもらった。
同じ薬を内服していても、食事療法にそって低蛋白食を徹底して気をつけることによって、血圧がだんだんと改善されてきた。
体重も少しずつ減量してきた。
最初はカロリーや水分も控え気味であったが、体のだるさが続くところで、水分やカロリーは確保しなければならないことに気付き、食生活をみなおしたところ、病気がうそのように楽になってきた自分に不思議さを感じている。
病気は初期段階のうちに健康管理に努めたら。後悔することもなく元気も取り戻せる。
腎臓のステージ4は回復は難しいが維持することはできると言われているが、改善にむけて頑張ってみたい。
時に目の前に美味しそうなお菓子があったり、美味しい料理を目のあたりにすると誘惑にかられそうになるが、ここは踏ん張りどころ・・・。人工透析にならないように命をかける思いである。
最近数日は、大変体調が安定しており、仕事や研修にも頑張れる!!と、期待している私である。
 

変換ミス

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年 5月26日(土)21時43分23秒
  すみません。数分ごとに・・・と書いたつもりが、吸う分ごとに・・・と。よくみていなかったです。ごめんなさい。  

低ナトリュウム血症

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年 5月26日(土)21時40分2秒
  医師によって検査結果からみる診断がかなり異なることを感じているこの頃である。
過去、何度か低NA血症をくりかえしていても、同じような値であっても入院して時間をかけて点滴で塩分を補う医師もいれば、大したことないですと治療の必要性を否定する医師もいる。
最近でも数人の利用者さんのデーターがかなり低く、一時的に意識消失して不穏がやまなかったり、いずれのケースも共通して状況は似ている。
3人の方に共通しているのは一時的に幻覚や物忘れ、頻尿、水分の過剰摂取、対応する方への攻撃などがある。そして、頻尿が著しく吸う分ごとにトイレ通いを要求する。
主治医に何度か質問をなげかけたが、様子見ましょうと言ってその状態は関係ないと取り合って頂けなかった。そして、「精神科の問題ですよ。」とまで言われる。
ただ、塩辛いものを食べなさいというだけ・・・。
といって、極端に塩気のものをたくさん食べれるわけもない。
水分の異常なほど飲む。控えるようにと言ってもおさえきれない。本人は今がはじめてとか言ってコップに繰り返しお茶を要求する。
家族も疲れてはて、食事量もへり、自宅では管理できないので入院をお願いすることにした。
平均的に「水分をしっかりとりなさいよ」と水分補給を進めているうちに、本人は飲まないといけないと思っていたのに、急に「水分を取りすぎたらだめと言われて、どうしろと言うのや」と怒るのもわかる。
不思議とこの3人ともにNaのほかにも電解質がいくつも低値であった。
水分の過剰摂取には注意を要すると思う。
医師間での判断基準もことなると、何を基準に自分の体を守ればいいのか難しい。

 

検診は定期的に受ける事。

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年 5月 5日(土)22時50分44秒
  検診とは、定期的に受けていると異常が早めにわかる。
特に基本検診は検尿もあるから、尿がでないのでといって、尿検査をはずすことのないようにしたほうがいい。
腎機能は悪いと分かった時には急激に悪化していくものだと実感する。
私もそうであったが、私が担当している91歳の女性もそうである。
日頃、血液検査結果はよく教えてくれていて、定期受診もきちんとうけていたのに、急激にクレアチニンや尿素窒素が上昇した。
もちろん、主治医もびっくりしてすぐに電話で再検査の連絡があったようである。
その値は、すでにステージ5であった。
この方は心不全で入院したこともあり、退院後も下肢のむくみが続き、利尿剤を投与されていた。むくみはとれたが、しんどさが続き臨時受診をした結果のことであった。
私は自分のこともあり、主治医の先生に腎臓内科に紹介状を書いて頂けないか相談してごらんとお願いした。
私ごときがおこがましいが、ケアマネさんも腎臓内科にかかっていると言ってもいいからとお願いした。
連休明けに受診されることになったようだが、一日尿量も300mlしか出ないとのこと。
この方は、ご自分から排尿ごとに畜尿しているとのこと。
私は自分のことよりもこの方の事が心配でならない。
91歳にもなると人工透析もしんどいのではないか?本人もそう感じている。

私も自分のことも含めてインターネットで腎臓病に関する情報を探してみた。
ステージごとの運動やマッサージ、栄養指導、なかにはマンガでCKDについて解説していたり、素人の方にもわかりやすい情報がたくさんあった。
明日、これらの情報を持て行くからと℡をし、お互いに頑張ろうね・・・。と。

ケアプランの広場におじゃましてすぐに「奇跡の手技を動画で公開」というのが目に入った。
CKDはいったん悪くなるとなおらないと書いてあることも多いが、東洋医学の奇跡もあることを私は信ずる。

もっと早くに定期的に検尿をしていたなら早期に腎機能が低下していることに気付いたであろうと残念でならない。
基本検診は本当に大事です。
今更ながら後悔・・・。
健康診断は2年前から抜けていた。それまでは糖尿病の関係から尿糖は要注意であったが蛋白尿は-であった。
この1年間の間にクレアチニンは1.0~1.2が続いていた。血圧も108~200(降圧剤を内服していても下がらなかった)しかし、毎月、受診はしていたが主治医は「どうもない」と検査値を軽くみていた。
検尿の結果がわかった時には、びっくり・・・。蛋白定量が3700もあった。
栄養指導のもとの低蛋白食を宅配してもらうようになって、体重も減量、血圧も少しずつ改善をみることができてきた。
腎臓内科の先生からは食事療法では追いつかないよと言われたが、人工透析だけは避けたい。
不安のために不眠の毎日でもある。
どんなに頑張ろうと自分に言い聞かせ、改善の道あれば、なんでも試みようと前進あるのみと思いながらも、不安はぬぐいきれない。
しかし、一人の利用者様の苦しみを前にして、一緒に頑張らねばと強く思った。

皆様、定期健診は毎年受けましょうね。今は半年に一回が義務付けられています。
自分のバカさ加減にあきれながらも、今からでも健康管理に向けて努力します。
 

母からの手紙

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年 4月29日(日)22時49分49秒
  今日、主人の母から「身の回りの整理をしていたらあなたのお母さんからの手紙が出て来たのよ。これはあなたに渡すべきものだと思う。」と手渡してくれた古い手紙・・・数十通・・・。
昭和55年から57年のものが多かったが、私の人生で一番、苦労をした時期かもしれない。
その手紙には、主人の両親への感謝の思いと主人や○○家のみんなへの感謝ばかりがつづられていた。
また、その手紙には、私が○○家の人達のやさしに包まれて幸せだといつも感謝していると便りにあるともすべての手紙に書いてあった。
私が腰椎分離滑り症の手術をして半年間も入院している間に、主人や子供たちの世話をして下さったこと。父が亡くなった時のご恩・・・。九州の叔父がなくなった時に我が実家から代表で葬儀に行かなければならなかった時に、子供3人と主人をおいて九州まで行かして下さったこと。また、堺の叔母がなくなった時にも父と一緒に通やに行かして頂いたこと。実家が姉の嫁ぎ先に騙されて訴訟に巻き込まれたが、私の力になって動いてくれた主人の行動を応援してくれたこと・・・、他にも私が嫁いでからも実家のことで限りなく温かく心をかけてくださったことなど・・・。そのたびに感謝の言葉いっぱいにつづられていた。
主人の母が今年7月で100歳を前にして、身の回りの整理を始めたことは感じていた。
その中で、私の母からの感謝の手紙を大事に持っていて、私に託したその気持ちは、私が今、病気のことで悩んでいることを知って、主人への両親への感謝の手紙はとりもなおさず、私を思う母の愛にほかならないことを私に伝えようと思ったからであろう。
私の母があなたを見守っているよ・・・と伝えたかったのでしょう。
この手紙を手にしたときに、父母の愛が感じられ涙があふれ出てとまらなかった。

偶然というか、今日は主人が西国33ヵ所参りの最後の観音霊場を終えて帰って来た。
主人がいつになく「今日は家族みんなの健康を祈願してきた。お前の病気も治るようにと賽銭を入れて来た。」という。
普段はめったにそんなことをいう人ではない。

母からの手紙を目にしたのが今日であって、主人の西国観音霊場詣りの最終の日といい、本当に母が見守っているのだろうなと改めて母への思いに触れた。
親とはいつまでも我が子の健康としあわせを願っているもの・・・。
それは、私もまたわが子への思いもまた同じ・・・。
しかし、この心が通じるのはまだ先のことかもしれない。
私は、心から亡き母や主人の母、そして主人、主人の兄姉、兄嫁達に心から感謝の思いいっぱいである。
 

病気に対する家族の理解

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年 4月28日(土)21時34分16秒
  今日、主人の仕事仲間の方が我が家に来られ人工透析の話になった。
その方も主治医から人工透析を進められており5月半ばの受診で人工透析をするかどうか決まるということであった。
それまでに何としても検査結果を改善して、しなくてもいいように今、必死で生活に努力を重ねているということであった。
医師によって、生活指導は異なるようである。
水分はしっかりとりなさい。運動もしなさい。
私は、水分を制限しすぎるとしんどくて半日動けなくなる。また、歩きすぎると足の筋肉がつっぱって痛くなり歩くのが辛くなる。
夜になると腰のだるさや痛みで寝苦しくて不眠が続く。これは、主人の友人と同じであった。
毎日の体の辛さは同じで、傍で主人が聞いていて、「そんなもんか・・・」と実感がわかないようで、なかなk病気の苦しみは当人や同じ病気で苦しんでいる者にしかわからない。
でも、今日、同じ苦しみで悩んでいる方の話を聞いて「頑張ればよくなる」と少し、心が軽くなった。
そして、主人が少しは私がしんどいのも本当なのか・・・と感じてくれたことが、心の支えにもなった。
私も5月中旬に教育入院をよていしているものの、どうか人工透析から免れますようにと祈る思いでいっぱいです。
今日の午後には、主人が温泉に行こうと三重県まで連れて行ってくれた。
病気は一人で悩んではいけない。家族や周りの支えがないと心を閉ざすことになってしまう。
病気に負けないように、希望を失わないで、自分の役割があることを忘れないで前向きに生きていきたいと思う。
 

検査結果を知り、勇気をもって質問すること

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年 4月20日(金)00時48分16秒
  私は、今年になって急激にクレアチニンや尿素窒素が高値になり、他の値もよくみると慢性腎障害に関連するものがみんな高値であった。
主治医には、大丈夫ですか?と質問したが答えは「血圧を下げましょう。他は維持していけるように」と診察ごとに繰り返すだけ・・・。
しかし、ネットで調べると腎障害ステージ4で、紹介状もお願いしたが「そこまで必要ないでしょう」という答え・・・。
それでも、自分自身は納得できずに腎臓専門外来へいくことにした。
今まで貧血も悪くなってきていたが、それがいかに重要なことであることも、今になって気付かされ、コレステロールも高いままに、主治医も「高いなぁ」で済ませ、総合的に末期に近い状態になってきており、もっと早く適切な治療を求めるべきだったと後悔・・・。
専門外来の医師は、在宅医の紹介基準というものがあって、とっくにそれを超えている。
在宅医には、もちろんご自身の医師としての信念もある故だろうが、専門医との連携をもつ勇気を正してほしいと思った。
高齢者の方々や家族においては、医療知識が十分でなく疑問を問い正すことなど難しいことだと思う。
ケアマネの責任としても、利用者の医療情報を知り、主治医との中に入って疑問を投げかける勇気が必要だと、今更ながらわが身をもって強く感じたものである。
今は、自分の情けなさが悔しい・・・。
ただ、主治医には申し訳なかったが強引に自分の判断で専門外来に行ってよかったと思っている。
糖尿病は安易に考えてはいけない。糖尿病からくる合併症の怖さ、糖尿病性腎症・腎臓障害からくる貧血や脂質異常、気付かずに心臓もわるくなってきつつある。
来月は検査かねて教育入院を予定しているが、なんとか今しばらくはケアマネの仕事を継続したい。今は食事療法にも厳しく守って、どうか仕事の責任が果たせますように・・・。
自分自身の経験が利用者さんの健康回復に生かせるように、医療との連携の大切さを思います。
特に今回、かかりつけ薬局の薬剤師さんの助言に助けられたことはいうまでもない。
薬のことは医師よりも薬剤師さんは薬の専門医でもある。
 

3割負担で考えること

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年 4月11日(水)23時12分20秒
  ある利用者様は現在、2割負担だが、利用しているのは特殊寝台と特殊寝台付属品のみである。
最初は、介護ベッドを購入したいと言われていたが、95歳という状況の中でレンタルのほうが負担は少ないかなということで利用が始まった。
しかし、今度の改正で3割負担は免れない。
1か月の利用料が5000円近くもなれば1年で6万円。
96歳・・97歳と・・元気でいて下さったらいいが、複雑な思いである。
腰や足が不自由だから特殊寝台は必要だし、しっかりしたものでないとかえって危険だし安い買い物というわけにはいかないから・・・。
この方は、レンタルの継続か購入を選択するか?

 

介護報酬改定の中でのアセスメント

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年 4月11日(水)22時48分24秒
  ディサービスでの加算について、追加したものについては当然アセスメントが必要となる。
きちんとしたディサービスでは、口腔ケアにおいても担当者会議やアセスメントを求めてくださるところもある。
今までも加算のあるものには当然、ケアプランに内容があってしかるべきであった。
栄養指導や口腔ケアにしても、本人の課題があってこそプランが変わるものである。

そこで、あらためて歯磨きを自分でされている利用者さんがどれだけ口腔内の清潔を保たれていたかが反省の過程となった。
ヘルパーさんは準備・片づけをして下さっているが口の中まで確認する時間もない。
ディサービスにて指導・助言・ケアを行って頂けることは大変ありがたい。
ただ、サービス利用負担が増えることが辛いところではあるが・・・。

高齢者の方々は国民年金の方も多い。
貯蓄がないと、生活していくのも大変である。
要介護度の重い方には、ディサービスの自費負担やショートスティなどの負担を考えると、介護にかける費用は年金ではとても賄えない。
子供さんたちが援助して、子供さんたちの生活まで圧迫している。
必要なサービスにはお金がつきものだから仕方ないと言われる方もいるが、親子共倒れにならないように願うばかりだ。

私の担当者さんの中にも、介護者の生活を案じる人たちがたくさんいる。
従事者の給料も生活に関わるから基準が上がるのは致し方ない。
福祉制度で支援できることがもっともっと必要になってほしい。
 

自身の体の状態から周りがみえる

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年 4月 2日(月)00時18分7秒
  私は今回、体調を悪くして、病気にたいする知識や健康管理への意識付けが見えて来た。
検査結果が出るたびにインターネットでこと細かく調べる習慣もつき、Drへも疑問を問うことも増えて来た。
また、医療連携のしくみの中にもDr間の立場を侵してはならない関係があったりして、かかりつけ医の治療方針に疑問を感じていても直接指摘はできないものなんだなと感じる。
時に誰を信じたらいいのか・・・?
ただ、適切な検査をして、その結果を正しく判断してもらえる病院を選択できる勇気をもつことも必要ではないかと思うのである。

医学にも西洋医学や東洋医学それぞれに評価も得られるが、なかには漢方薬は使いませんというDrも中にはいたり、針灸治療は指示を出さないとかカイロプラスチックの評価をしないなどと言われるDrもいる。
私は、医療連携のなかには東洋医学の分野の関係者は入っておられないような気がする。
私はカイロプラスチックに通って、糖尿病が治ったと言っても過言ではない。
脊髄には120の病気に関する神経があると聞いた。
慢性腎臓病スケール4だと言われたが、少しずつ回復してきている。
最初は半信半疑であったが、奇跡というものはあると感じるのである。
まだまだ働きたい。
気力で頑張りたい。病気も気力がふっとばしてくれるような気もするこの頃ではあるが・・・。
 

介護報酬改正のなかの利用者からの意見

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年 4月 1日(日)23時45分2秒
  今回の介護報酬改正で、ディサービスにて口腔ケアを算定するところが増えて来たのだが・・・。
早速利用者さんから意見があった。
この事業所は3月から口腔ケア加算をとるようになったのだが、隔週に口腔ケアの指導を書いたプリントを個別に説明するのみだが、読んで聞いてもわからない人が多いと思うとのこと。
まして、その方は、日常に自身で行っており、歯科受診を定期的にしていて、口腔ケアの指導や実施をしてもらっている。
利用者全員に同意を得て算定しているようであるが、口腔ケアとは実際に行ってもらってこそ意味があるのではないか?との意見に私もそう思う。この利用者さんは「私には必要ない」と話されていた。

ほかのディサービスでは、月に2回歯科医や歯科衛生士が訪問して、口腔内の状態をみて指導・助言してくれているところもある。
本来、そういうものであるべきであろう。

先に述べたディサービスでは、看護師さんが説明をするだけとのこと。
認知症の方などには意味がわからないだろうと話されていた。
基本報酬が下がるから、加算をつけないとやっていけないと事業所の方が説明されていた。
もっと、内容のある形にしてほしい。
 

体重

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年 3月16日(金)23時21分45秒
  最近、体のむくみ加減は体重の増減でよくわかるようになった。
健康な時では1kgの体重の変化はわかりにくいものであったが、「今日はなんだか体がすきっとした感じだなぁ」と感じた時には体重が1kg減っている。
浮腫みもすくない。
水分制限や塩分・タンパク質の制限を気にしすぎていると、医師から「もっと塩分やたんぱく質をとっても大丈夫です」と言われて検査結果にほっとしたり・・・。
しかし、心臓もエコー検査で少し負荷がかかっている心室や心房もあり、適度な運動にて体重減少も努力の必要あり。
自転車に頼らず歩くことも努力しょう。
血圧は朝と寝る前の値がやや下がってきた。といっても170前後・・・。日中は200前後になることも度々・・・。かなりしんどくなるが・・・。
かかりつけ医に内緒で、自分の選択で専門外来へきたものだから、紹介状の返信というわけにもいかず、どう切り出そうかと悩む。
やはり、最初に勇気をふりしぼって必要ないと言われても、もっと強く勇気を出して紹介状をもらうべきであった。
将来において専門外来とかかりつけ医の連携をもって治療を進めて行くべきだと反省・・・。
私としては腎臓内科の医師にお願いしたいと思っていたのだが、大きな病院には、内科一つにしても細かくいくつもの専門分野がある。
循環器に関することは改めてかかりつけ医から紹介状をもらいなさい・・・???
心臓エコー」は「腎臓内科から心エコーの指示を出すのも可笑しいが検査指示をだしとくわ」といって検査を受けさして下さったのだが、これ以上は担当外のようである。
病気は精神的ストレスが一番のネックである。
それでも、自分の体は自分の責任、病気とともに前向きに改善策を探して努力あるのみ・
 

セカンドオピニオン

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年 3月 8日(木)20時45分32秒
  かかりつけ医の判断と専門医の判断がこれほど違うものか、身にしみる思いであった。
先日、利用者さんの付き添いで病院に行ったはずが、私自身が倒れて付き添いを交替してもらうはめになった。
そこで、総合診療の受診をうけたのだが、私の記憶のなかのデーターではあったが、相談すると腎臓の専門外来へ行きなさい。
かかりつけ医から情報をもらって受診するようにと・・・。
主治医に相談したが、まだ大丈夫だよ。血圧のコントロールを考えましょう・・・??

それでも、顔のむくみはとれず、足のむくみも継続、ふらつきは続く。
主治医に申し訳ないが、私の手持ちの資料をもって受診することにした。
人工透析のことを考えておかないといけないと言われた。
それに心臓がかなり悪い。
今迄、心臓の検査でBNPでは正常にもどっていたが、NT-proBNTは1620で正常値の10倍の値だと言われた。
いつも、胸が苦しくなることを訴えていたが、大丈夫だと説明があった。
夜間に苦しくて不眠となることも多々ある。

また、タンパク尿は3700もあって、まさに重度の腎障害におよんでいるとのこと。
腎臓は血液検査ではわからない。尿検査にかかっているとのこと。
今日、思い切って受診してよかった。
今後の身の回りのことも計画的に考えて行かねばならない。
腎臓は悪くなったらもとに戻らないというが、そんなことはないと信じている。
幸い、値の割には腎臓の萎縮はそれほど進んでいないとのこと。
健康への望みをたくし、食事療法も厳しくみつめなおし、普通の生活が継続できるように努力あるのみ。

不安を抱えた時には勇気をもって専門医の扉を開こう!
まだ、私に課せられた仕事が残っている限り、業務量を縮小しながらも責任を果たしたい。
 

薬の怖さ

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年 2月18日(日)00時03分39秒
  今年に入っていろいろ検査をするたびに異常な値にびっくりの繰り返しである。
血栓や血糖、心臓の値はとてもよくなったのに対して、わずか1カ月で腎機能障害が重症に値するという。
クレアチニンは1.68 尿素窒素が34 eGFR(CRE)が25.8 重症度でいうと5段階のうち4段階に値する。
その原因は定かではないが、心臓血管外科のDRがいうには薬の影響かもしれない。かかりつけ医にすぐに相談しなさいと言われ具体的には指摘されなかった。
近所の薬剤師さんに血圧と全身のむくみや薬の流れを聞くと、血圧の薬や利尿剤の薬の量が多すぎる。腎機能障害がどんどん悪くなる。しっかりと検査をすべきと進めてくれた。
かかりつけ医からは、糖尿病からくる腎機能障害だと思うが、血圧はできることなら現在の状態をもっと下げたい。
利尿剤を中止して腎臓を保護する降圧剤を追加しましょうと指示されてた。
アダラート40mgにアルダクトンA20mg・・・。
薬はできるだけ最小限に留めたいので風邪薬も飲まないように健康管理を図ること。

あるDrの意見では、薬は飲まない方がいい。
高血圧が続いたり、腎機能が低下しつつある時には、まず体を休養すること。
食事や水分も含め食生活を改めるだけでも初期なら改善策はある。
薬は最後の手段だよ・・・と。

しかし、薬というものは飲んでいると、やめるというには勇気のいるもので、まして血圧がなかなか改善できない時には少しは必要となるだろう。
まったく中止するというわけにはいかない。
かかりつけ医のDrも薬の影響もわかっているから利尿剤は中止して、腎臓の血管を広げて負荷を守ろうと選択されたのであろう。

今は、サプリメントも吸収する力もないだろうから飲むことをやめたほうがいいだろう。
これ以上に腎臓への負荷をさけるようにしなければならない。
風邪薬も飲まないように・・・と、こんな時に限って喉がやや不快感。
今回の状態の悪化のきっかけは12月に風邪をこじらせてからである。

病気と付き合いながら仕事も継続できるように、そして生活に楽しみが持てるように・・・。
まだまだ山あり谷あり・・・かも・・・。
 

元気を取り戻すべく、頭への刺激を得る。

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年 2月15日(木)23時38分34秒
  しばらくの間、仕事をしながらもゆっくりペースで最少限のことをしながらも、体が思うように動かない日々であった。
しんどいから研修も不参加がおおかったが、今日は久しぶりに小さな勉強会ではあるが、内容は濃い定例会の学び。この勉強会はほとんど欠席でした。
友人からの電話で参加したが、栄養マネジメントの必要性や自治会活動でがんばっている友人の話なども聞かして頂き、現在、求められている地域包括ケアの在り方などの参考にもなった。

今度の介護保険制度改正のなかにも低栄養のアセスメントなども必須となってくるなかで、一部都道府県には栄養ケアステーションができてケアマネや一般市民からの相談を受けているとのこと。
いずれ、認定栄養ケアステーションをめざし、介護報酬がとれるまではいかないが、今後の活動が注目されると思う。
来月の勉強会のテーマも低栄養の問題をお話下さるらしい。
できるだけ参加したいと意欲をかりたてられる思いである。

また、他の友人は自治会の会長をされていて、地域でコミュニティソーシャルワクを勉強していこうと計画しているらしい。
私は以前からコミュニソーシャルワークは専門職だけのものでなく、地域住民の中にもコーディネーターが増えて行くべきと思ってきた。
地域包括ケアが今、やっと、地域住民を巻き込んでの支援の在り方がとわれるようになってきたが、一般市民にもわかりやすく地域での助け合いの大切さを広めていかねばならない。

最近では主任ケアマネの更新やケアマネの資格更新など、「いつまで続けられるものか?}との迷いがあったが、もう一度元気を取り戻して地域に役立つ自分を取り戻したいと思う自分があることをかみしめる・・・。
それには健康あるのみ。健康の有り難さがみにしみるこの頃である。
まだまだ本調子ではないが、一応、時期更新まで責任が果たせられるように目標をかかげ無理しないように自己研さんをめざして頑張ることとしょう!
 

検査結果の誤差

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年 1月15日(月)00時21分16秒
  一時はFDPとDダイマーの値が異常に高くてびっくりしたが、再検の結果では、採血時に血管が出ず苦労して採血1た時にはスピッツの中で凝固していたために異常値となってしまったようである。
しかし、下肢と顔の浮腫の原因がつかめず、かかりつけ医からは、今迄の薬をすべて変更することにされた。
利尿剤を2種類追加して血圧降下剤も少しきつめの薬に変更した翌日には、血圧は180代から下がらなかったものが、いきなり140~130代になったものの、その翌日からはまたしても170代が続く。
利尿剤を使用した翌日には、体重が1日で2キロ減って浮腫も少し軽減・・・。
多量の排尿に対して、いきなり水分の排出があったのに比較して、逆に水分の補給が追いつかなかったのも原因しているのではないか・・・?
血圧の急激な変動はかえって頭痛を起こし、吐き気も伴い、不安を促すもとともなってしまった。
お正月明けてからはしんどくて寝て過ごすこととなったが、一人で悩むとうつ症状になりそうで、高齢者で病気と闘っている人たちの中にもうつ症状になってしまう方々も多くいて、まわりの助言が救いのもとともなる。
今回、3か所の医師に診てもらったわけだが、検査データーからの判断はみんな違った。
心臓と腎臓が悪いから今後、くわしく検査して浮腫の原因を経過みていくように・・・。
これくらいでは大したことはないから薬の調整にて様子見ましょう。
紹介状に造影CTを依頼したが、下肢エコで血栓はないから必要ない。紹介医はエコーでは見えない部分を検査してほしかったようである。
とにかく原因がわからず弾力ストッキングで経過みることとなった。
友人が東洋医学を紹介してくれた。
整体によって人間の体に不調をきたすことがよくある。
以前に自転車で転倒した時に顔のむくみが長く続き、その後、堤防から転落した時にも顔のむくみが続いた。
頭部打撲はないと思ったが、なぜ、こんなにも顔がむくんでしまったのか不思議であった。
整体師によると、頭蓋骨がずれていて頭への血流が悪くなっていて集中心がわいてこない。
腰の骨盤の左右差なども下肢の痛みなどの原因になっているとも言われた。
それが正しい診断かどうかは信じてみることも自分自身の助けともなる。
体のしんどさがあるだけに、なにかにすがりたい・・・。よい治療方法があれば試みてみたい。
いつまでも安静にしているわけにはいかない。
とにかく、体の回復めざして頑張ってみたい。
 

気付きが遅かった?

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年 1月 6日(土)21時42分46秒
  昨日、あまりにも下腿のの浮腫が増し痛みも伴い、座れなくなった。
これは、もう限界・・・。とばかりに血管外科の専門外来へ受診。
血液検査をして来週に再受診と帰宅したが、今朝、クリニックより至急に来院するように連絡が入った。
あまりにも異常値にて血管エコをしましょうということでした。
下肢に血栓はなかったものの、FDP値が952(普通5~7)
きっと体のどこかに大きな血栓があるはずだとのこと。
Dダイマーも高値。
下肢は座ることはできなくなっていた。痛みも少しはある。
座ると下腿への圧迫は痛くて避けきれない。
連休明けに大きな病院へ紹介状を持って受診することになった。
最悪、数日の留守中の仕事の片づけをしておかなくてはならない。
朝のボランティアもちょうどよい区切りというか自力を発揮する時かもしれない。
明日の朝、本人に説明して、相談することとする。
ちょうど、自立へのきっかけの時であったかも・・・。
 

明けましておめでとうございます!

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年 1月 1日(月)00時08分28秒
  新年明けましておめでとうございます!
今年も新たに迎える事ができた幸せを深く感じている私です。
昨年を振り返ってみると、自分のことを省みず、ただひたすら利用者様の幸せを願い駆け抜けた一年でした。
しかし、今、健康あってこそのしあわせをもう一度、心に刻み込みたいと思っています。
正直なところ、よく倒れずに頑張ってこれたなと思いますが、その陰には家族の犠牲もあり、まわりの方々の支え合ってのことだと深く感謝しております。
昨年の暮れには、友人が夕食に誘ってくれたのですが、行ってみるとなんと美味しい伊勢えびのごちそうざんまい。そのうえ、そのあとには天然温泉に招待してもらってラジュウム温泉にの体の芯までぬくもりを感じ、何年ぶりにこんな楽しいひと時を得たのだろうと友人に感謝でした。
彼女から「たまには自分のための時間を使いなさい。心から楽しいと思える休息をとりましょう!」と、今年の抱負にしなければと心新たに思った次第です。
自分が健康で幸せでなければ人の幸せも支援できないのかもしれません。
昨年に続けて早朝のボランテァは続けますが、そのためには早く寝る習慣をつける事。
一年間不眠との戦いだったような気がします。
最後は顔も足も腫れて、これは要注意を越してしまった。
健康の回復に努めながら、余暇を大切にして家族のためにも安心してもらえる体をつくります。
ケアマネの仕事をいつまで続けることができるか、私の健康との戦いです。
きっと、いい年になることを信じて、頑張っていきたいです。
松本先生、いつもこの場をお借りして有難うございます。
いたらぬ私ですが、これからも更に前進できる私を信じて努力してまいります。
本年も宜しくお願い申し上げます。
 

新年明けましておめでとうございます

 投稿者:管理者  投稿日:2018年 1月 1日(月)00時00分42秒
  管理者の松本です。

新年明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い致します。

いよいよ、2018年度改定は、介護報酬・診療報酬同時改定であり、地域包括ケアの深化・推進に向け、医療と介護の連携、地域共生社会、負担能力に応じた公平な負担、給付の適正化、自立支援・重度化防止を進めるためのインセンティブも進められて行くと想定されます。

一方、総合事業(介護予防・日常生活支援総合事業)の全国における完全スタートとなりますが、現状でも、総合事業のサービスメニューの市町村格差は大きく、また、居宅介護支援事業者の指定権限が市町村に移行する等、「市町村(保険者)の時代」となることで、市町村格差の課題も更に大きくなって行くため、都道府県による市町村への支援(補助事業等)も、拡大されると思われます。

「地域づくり」は、国や都道府県、市町村行政サービスだけでなく、地域での近隣住民の声かけや、公民館活動、商店街による宅配と見守り等のインフォーマルサービスとの連携に必要性が更に高まると考えられます。

そのことは、すみれさんの書き込みを拝見して、多くのことを学ばせていただいており、改めて感謝を申し上げます。これからも、末永く、よろしくお願い致します。

皆様のご活躍、ご健勝をお祈りしております。
 

その人にとっての目標達成は・・

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年12月24日(日)00時06分28秒
  朝に意気揚々と出かけて行ったSさんが夜にはお風呂で倒れていて、なくなった。
この方は、日頃はあぁでもない。こうでもない。と、なにがしたいのかまわりを振り回すことの方がおおいひとであったが、昨晩、私が電話で「明日の朝は早いですよ。寝過ごさないように」と確認を押すと、いつになく明るく元気な声で「はい。明日は宜しくお願い致します。」・・・。
まか、なんと元気な声だなとびっくりしたくらい・・・。
今朝、6時半頃に本人の家の前に行くと、うす暗い中から「おはようございます。今日は宜しくお願い致します。」とリュックを背負って歩いてきた。服装も大祭の為の正装であった。
今日は、この方にとって人生の最大の目標達成の日であった。
信仰しておられ、今日の大祭にでることが生きるあかしのような思いであった。
歩くのもやっとなにに電車を乗り継いで他府県の大祭会場へいくことはかなり危険なかけであった。
私は電車に乗せてほしいと家族から頼まれたものの、まず一人では無理と思い、この方のかつての願いであるなら一緒に付き添っていこうと決心した。
会場のある駅には家族が待っていて、電車を降りるまでのことであったが、今までみたことのない嬉しそうな笑顔で元気よく出かけて行った。
しかし、夜に突然、娘さんから電話で彼女の死をつげられた、
警察の検死もあり情報を伝える為に救急搬送の病院へかけつけた。
娘さんと話をしていて、「今日は母にとっては人生最大の目標をなしとげることができた。」「これも○○さんのおかげです。」と感謝の言葉をかけてくださった。
この方とは2年間のお付き合いであったが、今までで一番かがやいていた。
私は、人の生き方は人それぞれにたわいのない事のようにみえても、その方個人にとってはすごく大きな目標であることを教えて頂いた。
結果的には、この方の生きる目標に寄り添えるお手伝いができたことを素直に喜んだ。
突然に死は悲しいことであっても、悔いのない人生のお手伝いができた。
ケアマネの仕事の中で、制度の中で動くだけでなく、利用者さんの困りごとに真剣に向き合う。
「やりすぎだ」とよく言われるが、人の人生の喜びは制度の中だけで片づけられるものではない。
人の心なくして介護はなりたたない。これはmasaさんの教訓であるが、そのとおりである。
私の支援の中身はかなり過酷な私自身の戦いも多い。
体もぼろぼろになりそうでも、なぜか元気に見えるらしい。(笑)といっても、健康は命、大事にします。
 

腹を立てたら災いのもと

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年11月27日(月)01時01分3秒
  いつもはあまり腹をたてない私ですが、昨日はささいなことで主人に反抗したのだが、その結果は・・・。
川べりの道は明かりがなく民家の明かりのみにて足元が見えない。
自転車のライトはあってもふと気付いた時には自転車の車輪が道からはずれ堤防の斜面に・・・。あわててハンドルを切ったが遅かりし・・・。
幸い民家のある斜面にであったので、地面の上に枯葉がいっぱいあって、それほど強い衝撃はなかった。
わずかの擦り傷と打ち身だけで済んだのだが、3メートルほどの急斜面では自転車が上がらない。
男の人が子供たちととおりすぎたのだが、私の姿はみえず、子供たちの声で通り過ぎて行った。
あぁ~どうしょう!主人に電話をしょうと思ったが、悲しい事に携帯を忘れて来た。
そこうしているうちに犬の散歩をしていた女性の方が気付いて、私に犬を捕まえていて下さいといって、斜面の下へおりてきたが、一人では無理であった。
こういう時は電動自転車は重い、びくともしない。
またしも、もう一人自転車で通りすがりの方が立ち止り、二人で土手の上へ持ち上げてくださった。
本当に有難うございました。
あらためて、日頃はなんでもまぁいいか・・・と受け流す私なのに、どうして腹を立てたのかというと、笑い話でもある。
主人に頼まれた薬をかってきたが、うっかり瓶に入ったもので5日分で4000円もする。
「おまえはアホカ?」「錠剤と交換して来い」というが、遠いお店であったので、夜も更けて来たし、明日でいいかな?と返答したものの、「今から交換してくるわ」と捨て台詞をはいて飛び出した。
自転車に乗っても、少し怒っていて前をよくみていなかった・・。
これが、冷静で話し合ったんなら、こんな事態にはならずにすんだであろう・・・と反省。
薬局へ行くのをやめて自宅へ戻ったら、また、怒られた。
「足元を見ろ!背中も枯葉だらけやろう。掃除機かけろ!」・・・。
「何してきたんや!」と一括。娘が帰ってきたら、「お母さんは堤防から転げ落ちたんやって。あほやなぁ・・・。」まぁ、これは大事にならなかったから笑い話で終わった・・・という意味合いもある。
この時には、自分自身が勝手にすねて行動したから、素直にごめんなさいと謝って明日交換してくるわと言えば円満に治まって出あろう。
これからは、腹を立てそうになったら一息ついて笑いで返そう・・・(笑)
幸い打ち身の痛みで湿布でまにあったが、今日は、自転車に怖くて歩きになりました。
歳も歳だから用心しないといけないですね。
朝の連続テレビ小説の「わろてんか」のように、いつも笑顔の○○さんと言って頂けることを誇りに思って明るく生きて行こう!!
 

お久しぶりです。

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年10月28日(土)00時35分13秒
  ここ数カ月は、めまぐるしく緊急対応が続く。
朝の6時に三か所から緊急電話。夜も遅くに病院へかけつけること毎日・・・。
日中も居眠りが続き、「もう、そろそろ限界かな・・・」と一人悩む。
それでも、気を取り直して「まだまだ頑張ろう!」・・・。
本人・家族の悩む姿をみると、なにかできることはないのかなぁ・・・。と考え込む。
いつかは私のケアプランを引き継いで頂かねばならない時がくるだろう・・・。
プランを減らしていきたいと思いつつ、依頼があるとついつい受けてしまう。バカだなぁ。
それでも、昔、ご主人のプランを担当していた方から奥様のプラン依頼がくると、至らない私のことを覚えて居て下さったことには嬉しくも思う。
疲れもどこえやら・・・。(笑)
さぁ!明日っまた元気に働きましょう!
 

夏の疲れかな・・・?

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 9月15日(金)00時12分11秒
  昨日、今日と久々の「疲れたなぁ・・・」と実感・・・。されども利用者もまた体調不良になり私もまた駆けずり回る日々が続いている。
季節の変わり目というか、朝夕と日中の温度差も大きく、一番疲れやすい時期なのかもしれない。
でも、「無理をしないでね」と周りの人たちから声を頂けども、目の前の困っている姿をみたらほっとけない私・・・。
朝がしんどくてボランティアといえども休むわけにはいかない。
朝、4時半に起床して家族のお弁当と朝食の準備をしてから1時間ほど利用者さんのところへいくんだが、ここ数日は「あと5分・・」また、後5分・・・と二度寝三度寝しているうちに「あっ!間に合わない。お父さん、帰ってからお弁当をつくるから・・・ごめんなさい!」と飛び出していく日が続いた。
しかし、娘のお弁当はすでに遅し・・・。
日中も眠気と体のだるさが残っている。
それなのに、体重は同じ・・・??(笑)

今日の午後に小グループでの勉強会に参加、今月は私が資料を準備してお話しする当番であったが、説明内容はまとめきらず、昨夜に遅く帰宅してから資料のみ印刷してかろうじて責任を果たせることができた。
久しぶりの参加だったので、私がこの夏どれだけ熱い日差しの中を駆けずり回ったかが一目でわかるわと言われた。
今までで一番真っ黒な顔と手・・・。自分でも「今年の日焼けは最高だろうな・・・」とつくづく・・・。
体がどんなに疲れようと、仕事は待ってくれない。
主人も毎日外での仕事。それも力仕事も多い中、しんどいだろうな・・・
「今日は早く寝ようか・・」お疲れ様。

私も明日の朝も早いから寝ようと思いながら、一日のしめくくりでパソコンの前に座ったらふと一服したく「ケアプランの広場」へおじゃました。
体を休める浄化作用のような場でもある。
今日の勉強会では、私が聴講したジンポジュウムのなかで特に印象深かった「パーソン・センタード・ケア」についてのお話と、北海道のmasaさんの「心なくして介護は語れない」のご紹介をさせていただいた。
今、一度、高齢者や認知症の方のコミュニケーション技法を思い起こし、心ある対応を心掛けることとしたい。
心に元気をとりもどすことで、元気もまた得ることでしょう。
「ファイト!」「ファイト!」
この言葉、昔・・・母の入院先の病院で長女がまだ3歳だった頃「ファイト!ファイト!」と病院の廊下を駆けずり回っていた姿を他の患者さんたちも見ていて「元気が出るわ」とみんなで笑った・・・こともあったなぁ・・(笑)
いい思い出は元気の源にもなる。まだまだ倒れるわけにはいかないんだ!
 

排泄ケアのあり方を問う

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 9月 2日(土)21時08分29秒
  肺炎で入院したHさんをお見舞いにいったところ、付き添いの家政婦さんとご家族が「こんなことあり得ない!」と憤慨していた。
完全看護をうたっているこの病院では、オムツはレンタルすることになっていて、オムツ交換は介護員がすることになっている(このことは問題ないが)
本人が大声を出して周りに迷惑をかけるので付き添いをお願いして個室対応で入院しているのだが、排尿がたくさん出たら当然のごとく家政婦さんはオムツ交換をしてあげたいのでオムツを詰所にもらいに行ったところ、時間がきたらオムツ交換にいきます。
オムツは長時間吸収して、時間がたつと不快感も感じないようになっているから、出るたびに交換する必要はない。それが当たり前に思われては人材がすくないのに夜間とか困ります。という返事。
付き添いがついているからこちらで交換しますからオムツを部屋に置かしてもらえませんか?といっても、病院の規則だという。
ご家族が「あなた方は排尿がたくさん出た時の不快感をわからないのですか?」というと、病棟看護師長が「オムツ体験もしていますからわかっていますよ」という。
この言葉に私も我慢ができず、オムツ体験を何回したかわからないですが、排尿が分かっている方がどれだけ不快なものかきれいになるまで不穏はとまりません。
なぜ、大声を出して体動が激しいのか、その原因を考えてあげられないですか?
そして、皮膚疾患でシーツが敷き・掛布ともに血だらけになっていて、あまりにひどいので「こちらでシーツを交換さして頂くからシーツを頂けますか?」と詰所へお願いに行ったところ、「こちらの仕事ですから・・・」と言って数人のナースがシーツ交換にきた。
オムツのこともかなり抗議したこともあってか、そのあとは何度かオムツ交換の声かけもあったのだが、ご家族は他の病院を探したいと真剣に思っておられた。
私からも病院の相談室へ改善の申し出をすることとする。
排尿が分かっていればその都度、パットだけでも交換したい。当たり前のことではないか?
オムツが長時間吸収するからオムツ交換の必要ないなんて、そんなのは看護の基本に反すると思う。
「オムツがもったいない」なんて説明があるなどと、全くもって悲しい事である。
病院がきれいになっても、中で働くナースや看護助手さんのサービスの質が改善されなければきれいな病院になったねなどと決して喜べない。
介護保険には自己評価というものがあるが、医療での病院評価は第三者にゆだねることはできないのだろうか?
自主的に病院の質を高めるべく評価機構の参加をしている病院もあるが、まだまだ現実は悲しいものである。
 

愛猫ちゃんの死

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 9月 2日(土)00時09分4秒
  我が家の家族の仲間入りをして16年・・・。
今朝、○○ちゃんは息を引き取った。
とても穏やかな最後であった。
今年に入って乳がんの手術を2回もしたが、再発は1カ月もないまま、何度か臨終を繰り返しながら・・・。
人間でもターミナルケアが問われる中、猫の世界でもここまで手当てをしてあげればいいのか、言葉がないだけに苦しい選択であった。
主人の思いが強く、点滴も繰り返し、最後は癌性胸水がたまり穿刺して水を抜いたり、抗生物質を投与したらい・・・。
もう・・・そっと眠らせてあげようよ・・・と悩みながらも、少しでも笑顔が欲しいと・・・。
それは、人間の勝手な思いではないかと迷いながら・・・。
何よりも今回の猫の介護で知った主人の優しさ・・・。
口から水も飲めない・・餌も全く食べれない○○ちゃんに、1滴ずつの水を口へ落とし、自分の指先に缶詰をつけてなめさしてあげるその姿に、びっくり・・・。
かわいくてたまらない思いが伝って来る。
夕方になって、○○ちゃんのいない我が家はなにかぽっかり穴があいたような・・・。
ふとどこからともなく飛び出してくるんじゃないかと二人で話し合っていました。
猫も人間も愛情にかわりはない。
ただ、思うことは、○○ちゃんがいたからこそ、夫婦の会話もとだえることなく、今の平和があるのだと感謝するばかりです。
当分、さみしくてたまらないだろうな・・・。
 

友人の姿に励まされて・・・

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 8月30日(水)22時09分39秒
  介護保険開設当時のケアマネの仲間と久々に会うことになった。
彼女は勉強家で探究心が旺盛でいろんなことに幅広く挑戦し、次はなにをに取り組むのだろうかと私の方が聞いてドキドキするような人である。
ケアマネは一時的に応援の形で働いておられ、専門は障害者教育が得意で養護教諭などもしていて、今は医療福祉の大学の実習講師をしているようである。
久しぶりにあった姿には大きなリュックを背負い、私が持たせてもらうと持ち上がらないほど分厚い教本がいっぱい詰め込んでいた。
その教本に中には赤線がたくさん印していて、ノートにはポイントがまとめられていた。「これ、みんな覚えているの?」と聞くと、「難しいわ…!逆にどう思う?って生徒さんに質問しないとね・・」と笑っていた。
性格は全く逆なのに、不思議とひかれる彼女の姿・・・。
最近は研修にも仕事の都合でキャンセルが出る事も多いが、内心ほっとしたりして逃げているのかも(?)
「あなたもがんばっているじゃない?」と励ましてくれる彼女に、私もまだまだできることがあるのかも・・。
ただ、目がだんだんと悪くなってくると集中力が低下してしまうので疲れてしまって仕事がはかどらない・・・。
早く目の手術をしなきゃ・・・。
私の周りのケアマネさんは勉強家が多い。もっとも、日々学びの積み重ねがないと新しい情報にもついていけない。
仕事には責任はつきもの。そのためにも自己研鑽は欠かせない。
どうか、この目が見えなくならないように・・・。ひたすら願う私である。
 

ベッド上安静、一人暮らしの方の放尿対策

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 8月20日(日)01時14分39秒
  新規で支援することになった男性一人暮らし。
とはいってもご家族は毎日仕事を終えて夜9時か10時頃に訪問されて食事と排泄ケアに追われている。
毎日、失禁したオムツが気持ち悪くて脱いでベッド下に放り投げている。
オムツはぼとぼと、寝具・布団までもぼとぼとで
家族もさすがにもう限界ですと悩んでおられる。
訪問介護は一日2回なのでオムツ交換の時間帯が空くから尿失禁は毎回のこととなっていて、ヘルパーさんも食事と排泄の後片付けで大奮闘・・・。
夜にご家族の負担がかなり大きく、洗濯も大変な作業で、せめて清拭タオルや防水シートの汚れはヘルパーさんが応援することになったが、ケアの時間がもう少し短縮すれば尿意をキャッチすることも可能ではないかと、いろいろ対策を検討中である。
放尿するということは、尿意があるのにトイレにも行けないし、ポータブルトイレは使い方に慣れていないからであろう。
オムツも濡れたら気持ち悪いから脱いで放り投げてしまう。
ベッドの床下は尿や便汚染で毎日の戦いである。
排便に関しては週に2回訪問看護にて排便が定期的にできるようにコントロール中である。
腰椎圧迫骨折でまだポータブルトイレでの座位は許可が出ていないので誘導することもできず、コルセットを巻いても尿や便汚染で洗うと予備が必要だが本人は取り外してしまう。
これもまた、窮屈さに対する不快から本人の思いはある。

ただ、気になるのはベッド安静はやむ得ないが、他の利用者さんで同じように腰椎圧迫骨折の人が認知症で行動を制限することができず、勝手にトイレへ行くのはやむ得ないというケースも何人かいた。
一人暮らしの方なので施設のように定期的に頻回に排泄誘導というわけにはいかない。
主治医からいけないことだがつばぎ服で対応するしかないかもと助言して、ご家族も1枚のみ購入して試みることにしたのだが、みごとにうまく脱いで裸になっていた。

こうなると日中の排泄ケアをなんとか3回に調節できないか考えてみるしかない。
訪問看護も週に二回、訪問入浴も週に1回調整中であるので、ヘルパーさんのケア内容を身体と生活を組み合わせればなんとか調整できるかも。

本人の思いを尊重しながら離床できるまでは、放尿を防ぐ対策ができるように医療・介護の連携で乗り切っていきたいと願うばかりである。
食事と排泄は欠かせないので優先的な目標ではある。
できることならつなぎ服は使わない方向で頑張りたいものである。
問題行動ととらわれがちなことでも、本人には本人の思いがあってのこと。
本人の思いを尊重して問題解決につなげていきたい。
ヘルパーさんも看護師さんも、本人の思いを大切に努力してくださっていることに深く感謝するばかりです。
 

自立をめざして

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 8月10日(木)00時13分2秒
  要介護5の寝たきりだった利用者さんが排泄の自立にむけて必死で応援して7カ月あまり、オムツ24時間から昼夜ともにポータブルトイレを自分で使用してリハビリパンツもほぼ必要となくなった。
物忘れはかなりあるが、コミュニケーションに困ることはほぼなくなった。
日中のリハビリパンツの除去は、比較的安心だったのですが、夜間に排泄が多く夜だと巻きオムツをはずしてするには難しく、なかなか自立へは試みることはできなかった。
しかし、災い転じて福となると言えば本人に申し訳ないが腹痛にてオムツ内に排便が我慢できずに出たあともおなかが痛くてたまらず、隣の部屋へ必死の思いで移動しポータブルのなかにオムツごと排便が出てしまって、それでも自分でパンツをはきかえたものの、うまくいかず、ベッドの上もポータブルも便汚染で大変な状況であった。
本人から、夜もポータブルトイレをベッドの横において欲しい。自分でしてみるという。
本人の思いを理解し巻きオムツからリハビリパンツに変えて夜の排泄に挑戦した。
翌朝、気になって5時ころに訪問したのだが、全く失敗はなかった。
その翌日には尿取りパットだけ当てて布パンツにされていた。
その翌日も失敗することなくだが、本人は失敗したらいかんと強く思いすぎたのか、胃の痛みでしんどくなったようだ。
周りに迷惑かけまいと必死であったのであろう。
そんなに気をはらなくていい。失敗したらはきかえればいいんだからとベッドの傍に着替えもおいて安心してもらうことにした。
夜間の排尿量はかなり多い。
夕方ヘルパーがオムツをセットしてから(今はパンツのみだが)21時に就寝してから6時までの4回も起きるらしい。
いつもこぼれそうなくらいの量であった。
皮膚も痒いしオムツかぶれにもなるし辛かったという。おかげでらくになったとうれしそうである。
まだ、ベッドまわりは歩けないのでヘルパーさんは一日3回は欠かせない。
次回認定更新時には介護度は下がるであろう。
本来なら区分変更で下がるところかもしれないが、ヘルパーさんの手間は変わらないから現状のケアをしっかりして自立をめざしたい。
私もとっても嬉しい。
他にも新規で重度のかたが増えたが、可能性を信じて看護師さんやヘルパーさん・家族と一緒に頑張りたいと思う。
 

経験からくる技

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 7月 8日(土)21時48分54秒
  訪問リハビリにナースの立場でのリハビリ指導を組み入れたのだが、初回のサービス時に同席さして頂いて感じたことは、「この方なら信頼できる。」と直感しました。
利用者さんと初対面ではあるが、相手を緊張させず、会話が楽しく、そのうえで本人の身体状況をきちんととらえておられた。
しばらく座って対面でお話ししながら(呼吸を整えながら)、立ち上がりを促した時には顔の表情をきちんと把握されていた。
最近、動作中にしんどさを訴える事もよくあり、ディサービスなどでは、「もう少し頑張りましょうか?」と歩行訓練を促しておられることが本人には苦痛であったようだが、本当に本人にとっては負荷がかかってしんどいのだということが伝わっていなかった。
主治医の先生からは、どれくらいの運動量に耐えられるのか酸素飽和濃度を測定しながらリハビリの可能性を探っていってほしいと指示されていた。
この利用者さんの「しんどい」という口癖は、単なる口癖ではなく、実際に血流も低下しやすいことがわかった。
本人もまた、ナースの説明がよくわかるらしく、「私のことをとても理解してくれている」と喜んでいました。
最近、ほかの利用者さんでもナース資格のPTさんにお世話になるケースに出会う。
その方の事例でも同じようなことが言える。
これからも医療にくわしいリハビリの指導者が増えて行って欲しいものだと実感したものでした。
 

認知症対応型ディサービスの取り組みのすばらしさに感謝!

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 7月 5日(水)01時23分18秒
  この方もまた、退院に向けて施設入所しかむりと言われたかたであるが、入院中は四隅にベッド柵をして抑制も致し方ない方であった。
娘さんは自宅に戻ったら認知症もよくなると思うと信じてしばらく在宅でみることにした。
自宅では、一人でベドから降りないようにベッド柵も四隅は確保しなければならなかった。
認知症対応のディサービスに通うようになって、ディサービスではつなぎ服は遠慮させてください。バルーンも挿入していていろんなトラブルもあったが、見守りは欠かせず、その中で本人の意思を尊重した見守りをして下さった。
ディサービスでは歩こうとすることもあっても、止めず、傍について歩行介助を行い、どんどんADlは回復していった。
ただ、自宅では一人での過ごしの時に危険で困りますか?と気遣って下さってはいたが、娘さん初めヘルパーさんや訪問看護師さんたちも安全策をいろいろ考えて、ベッド柵もはずすことに協力してくれた。
自由に歩けるようになると室内の目につくものを物色するようになり、危険なものは排除することでできるだけ、自由に動けるように工夫をして下さった。
もしも、ディサービスで危険だからと本人の動きを制止したならば、一人で歩けるようにはならなかったでしょう。
見守りの中でいかに本人らしく過ごせるようにできるかが大きな課題であろう。
このディサービスは開設当初から個別対応がすばらしく、過去にも大変お世話になったところである。
非常に信頼もあり、スタッフの皆様も優しい。
利用者さんたちがみなさん、穏やかである。
よい事業所は口コミで広がるものであるが、事業所の評価は利用してみてわかるものである。
 

在宅での自立に向けて

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 7月 5日(水)01時01分55秒
  在宅生活は無理だと言われながらも、施設入所の選択にまよいながら要介護5で寝たきりだったKさんが今は日中はリハビリパンツをはずしてショーツ1枚にて一人でポータブルトイレが利用できるまでになった。
そして、先日、ヘルパーさんが振り返ると一人で伝い歩きをしてそばに来ていたというのである。
週に1回訪問リハビリで歩行訓練もしていて、ディサービスでも立ち上がりの訓練もして頂いている成果でもあるのだが・・・。
ヘルパーさんが「一人で歩かないようにいうてくださいよ」「転倒したら責任がもてません」それはそうなんですが、見守りがあって安全を確保できる範囲なのだからもっともなことでしょう。
今の課題は夜のオムツをはずせること。
排尿は夜から朝方に3~4回でるのですが、本人は尿意がわかっているから辛い事でしょう。
「まだ、一人でむりかなぁ・・・」と毎日口癖である。
夜は室内も薄暗いし、眠気眼にポータブルトイレを使うのも危険で足がしっかりと立ってるようになれるまでもうしばらく我慢してね。とおねがいしているのですが、
今度、転倒したら今までの苦労も努力も水の泡・・・ということになる。
主治医の先生は今年中にもとの動きができるように頑張りましょうと言ってくださっている。
本人は、周りに迷惑をかけずに自立したい!この思いにつきるのであろう。
私も今年の1月~早朝に応援を続けてきて、確かにつかれもある。
でも、本人の頑張りとこの成果をみるにつけ、できるところまで応援してあげたいと思う。
ただ、在宅生活の自立にむけて制度の中だけでは難しい。
低所得のかたが、もう少し必要なサービスを確保できるみちがあれば、施設入所への選択肢もかわってくることだろうと思う。
 

認知症の人の世界は?

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 5月28日(日)00時27分32秒
  いつも訪問する度に言う挨拶といえば「もう、寝てばかりでどこにも出られへんわ。買い物にも行かんようになったし、何も食べるもんがなくなったわ・・・」と口癖である。
顔はちょっと痩せこけた感じがするが、本当にしんどくて寝てばかりなんだろうか・・・?
いえいえ、実は・・・、ヘルパーさんから見ると「今日も買い物に行っていたようです。冷蔵庫にお刺身が入っていて、野菜もたくさん、買い込んでありました。」

最近、少しよくなったかなと思うことは、娘さんへの暴言がすくなくなったことでしょうか?
私たちが一緒に娘さんとお母さん宅へ行っている間は、「お金のことを責めなくなったね。お母さんと顔を合わせる事ができるようになったね」と喜んでいたのもつかのま、娘さんからメールがきました。
「○○さんたちが帰ったら、態度が豹変してお金を返せと責め立てられ大変だったのよ」「やはり、まだむりかなぁ・・」
被害妄想が強くて、娘さんは辛くて顔を合わすこともできない。ずっとこのまま続くのだろうか?
ただ、忘れている世界であっても、本人にとっては、本音の世界でもあるのではないかなぁ・・・と娘さんのつぶやき。
受け入れる側の辛さは、口で慰められるものではないほどの辛さである。
それでも、お母さんの自宅の外回りをきれいに片づけたり、通院にいっている間に自宅内の片づけを手伝ったり、「娘さんはいつもきれいに片づけを手伝ってくれているのよ。庭木もきれいになっているでしょう?」と本人にいうと、「勝手にやってるだけやから知らんわ」とふてくされている。
子を思う親の心の本音は取り戻せないものなのか?
日頃から、「子供に残そうと一生懸命働いてきたんや」「どうせ、私が死んだら子供のもんになる家や。世話をしても罰があたらんやろう」・・・この心の裏には子供に対する甘えもあるような・・・。
互いにもどかしさを感じる思いがする。
 

私の青春時代がなつかしい

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 5月13日(土)00時42分18秒
  朝の連続テレビ小説は、ちょうど私が中学を卒業する時代と重なる。
毎朝テレビをみながら昔をなつかしみ頬に涙が伝うこともある。
「私にも気持ちが伝わる・・・そうだったなぁ・・・」と。

私は集団就職ではなかったが、中学校の卒業式と看護学校の入学式が同じだったために、同級生より一足早く田舎を出て姉の紹介で小さな医院に就職して見習い看護婦として働きながら医師会の看護学校へ通うことになった。
卒業式に出られなかったことが同窓会に出ても話題がつながらない寂しさがあることを今も感じるのである。
サイン帳は旅立つ前にみんない書いてもらった。
今も私の宝なんだけども、4冊のサイン帳には「くろんぼちゃん、お元気で」「くろんぼちゃん、さようなら」と・・・。私の愛称でもあったんだけど、今も日焼けで真っくろはかわらないなぁ・・(笑)
ちょうど、東京オリンピックが中学2年生だったか・・・。
中学校の家庭科室に1台だけテレビがあって(田舎の小さな中学校だったから)各学年の教室ごとにオリンピックの観戦をさしてもらったことがなつかしい。

初めて親元を離れて初めての土地で一人夜を明かしたその晩は、家が恋しくて泣きべそをかいたこともまた懐かしい。
初めてもらったお給料は7000円であった。実家に3000円送って、看護学校の授業料をはらったらわづかのお小遣いだった。
ただ、授業料は働かせてもらう医院から出してもらえるのだけど、居候することに遠慮して言いだせなかったような私であった。
しかし、私は半年で挫折してしまい、結局、他の土地で新たに看護学校へ入学しなおしてやり直すこととした。
ただ、おかしい事に半年でも専門的な勉強をしていたからか、やり直しの勉強はスムーズについていけて勉強が面白く楽しかった。
3年たって今の地に就職したときの初任給は12000円(公務員)であった。このときは実家に7000円送金できて私の人生で一番よく覚えているのがこのふたつの給料である。
時代とともにお金の価値は驚くほど変わってきた。
お金の大切さを忘れてはいまいかと反省することもしきり・・・。
医師会の看護学校へ通っていたころは朝と夜勤があって昼に学校(午後)、卒業して夜学(高校)に通った時代も日中は仕事。夜に学校。夜勤もあるときは眠たかったなぁ・・・。
遊ぶことがなかった私なので、今でも友人たちと楽しむのが下手である。

不思議なことに昔の苦労はなんでもない気がする。楽しい思い出となっている。
私が年老いたら、どんなおばあちゃんになるんでしょうか?(笑)今は、自治会や校区の老人会主催のお楽しみにはできるだけ参加して楽しんでいる。
ケアマネをしながら地区の高齢者の一員として行事に参加するなかで、地域の実情を知り、地域の支え役にも力を貸すことができるなら、それが一番の生き甲斐でもある。
それは、私が住み慣れた地域で住民としてともに支え合える。
私は本当に幸せ者だと思う。
 

精神障害があると見受けられるが・・・

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 5月 1日(月)01時37分46秒
  最近、朝早く出会う女性の方だが、初めてあった時に、路地から出てきて私の顔をみるならうめき声を上げながら突進してきそうになり、私は思わず「キャー!」と叫んで自転車から飛び降りた格好となった。
その私の驚きの表情をみて「ど阿呆!うるさいわ!」とすかさず睨みつけていった。
私は、思わず悲鳴をあげたものの、なんだか悪い事をしてしまったなと・・・そんな自分がなんとも心の狭さを恥じた。
次の日は前日より1時間早く6時ころに自転車で訪問先へ向かう途中であったが、別の道なのにまた出会ってしまった。
幸いというか、彼女は私にきづかずに道を横断するところだった。
しばらく数日は怖い思いが横切って「どうか会いませんように・・・」という心が消しきれない。
三日続いて会うことになった。お天気がとてもいいのに雨傘をさして長靴をはいて横断歩道を渡って行った。
季節の変わり目やお天気がくもり空の時には、混乱しやすいのだろうか?
高校生くらいの男の子が奇声をあげながら片手で手を振り回しながら走っていく姿にもであった。
もう一人またも・・・。
いずれも朝早くなんですが、つい日常の生活はどうされているのかな?誰かが支援しているのでしょうねと…思ってしまう。
まだまだ心の狭い自分をみた思いである。

ふと、ずいぶん昔のことであるが、まだ十代で精神科病棟の実習に行った時のことであるが、重度の精神障害の方の病棟があって、そのグループの入浴日のことでした。
私たち看護学生が廊下に一列に並んでいる前を数人の患者さんが浴室に向って誘導されていったのですが、思わずそのうちの一人が振り返り、並んでいる私に飛びついてきて口づけをするはめになったのです。
まだ18歳の私・・・。ショックで動けませんでした。
それでも、実習を早退することもできず、次の日も勇気を出して実習に出向きました。
病棟の責任者の係長さんは「よく出てきてくれましたね。本当に申し訳ありませんでした」と何度もあやまっていました。
私の初キッスは一生忘れられない苦い思い出というか、まぁ仕方ないとあきらめの笑い話・・・。
実習の評価はとても高い点数を頂きました。(笑)
精神のヘルパーの研修にも参加した時には、とても楽しく、地域で支える事の素晴らしさを感じたものでした。
それなのに、いきなりの出会いがしらのショックには、どうすることもできない私・・・。
地域で受け入れできるようになるには、医療との連携も必要だなと思います。
 

養護老人ホームの存在

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 4月30日(日)10時52分9秒
  特養の施設入所が要介護3以上になって、要介護2以下の方で低所得で一人暮らしで事情があり施設を探さないといけなくなったケースでより安くてサービスの質のよい施設選びに苦心することが何度かあった。
養護老人ホームは過去には低所得でほぼ自立しているが、在宅での一人暮らしが困難な場合・・という意識があった。
現在は要介護2までの方であっても相談対象にはなる。(特養の入所条件が変わったからそれに対応してのことであろう)
特養に併設しているケアハウスも年金所得に応じて比較的安いがそれでも、年金が100万円くらいの人であっても医療や日常消耗品・をプラスすると小遣いの余裕はない。
養護老人ホームの場合は、年金の半額くらいの利用料なので、生活の余暇を楽しむゆとりはある。
もちろん、誰でもというわけにはいかないであろう。
市役所の長寿福祉課への相談から始まって、ケア会議も行ったうえでの調整会議も必要となる。
しかし、入所条件が整えばどんない有り難いことであろう。
今まで養護老人ホームの存在にあまり目をむけることがなかった。
今回の施設探しにおいて新たに情報を得た思いである。
今更ながら恥ずかしいことではあるが・・・。勉強不足でした。
 

ヘルパー拒否

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 4月16日(日)01時17分43秒
  ○○さんは2か所のヘルパー事業所がサービス提供していてそれぞれ複数のヘルパーさんがお世話して下さっているのだが、一部気に入らない人もあって、ケアに入るのを排除しょうとする。
どのヘルパーさんも一生懸命お世話して下さるのがわかっているだけに、あまりもの暴言で攻め立てると私からも本人をたしなめざるをえない。
先日も、ヘルパーさんが訪問するなり「帰って!夕のケアはなくても大丈夫や!」と強くいうとのことで電話がありかけつけたのだが・・・。
よくよく本人と話し合うと、「お金がないから夕のケアはなくても自分でトイレできるから大丈夫やねん。」という。
でも、それは、そのヘルパーさんを断る口実であって、翌日、そのヘルパーさんの責任者が訪問すると、他のヘルパーさんなら来てもらうとなった。
ちょうど、本人はベッド上生活にストレスを感じていて、もっと美味しいものを食べたい。家族にももっと帰ってきて甘えたい・・・。
そんな思いも爆発したようである。
忙しくても定期的に帰ってきてくれているのに、「親の世話をして当たり前や」と捨て台詞が飛ぶ。
これほど、親孝行な娘さんもいないのだが、一人暮らしでベッド上生活の寂しさなのでしょうね。
暴言も認知症ゆえのもので許してあげてねとヘルパーさんに謝るものの、「○○さんのことを思って一生懸命尽くしてくれていることも分かってあげてね」と本人に少し厳しくたしなめる。
結局、ヘルパーは交替することとなった。
相性が合わないと言われたら仕方ないかも・・・。(我儘としかいいようがないのだけど、)
ヘルパーさんでも相性が悪いと言われ精神的に傷ついてしばらく求職した方もみてきた。
なんともやりきれない思いがする。
 

排泄の辛さ

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 3月22日(水)01時00分31秒
  ベッド上でしか自由に動けず、排泄介助を要する人の辛さは「我慢しないと仕方ない」とは言えない苦しさがある。
なんとかポータブルトイレが一人でできるようになりたい・・・。
排泄介助をしてもらっていても、排便に時間がかかることもある。そんな時に心ない言葉が本人をすごく傷つけていることに介助者は気付いているだろうか?
私に「○○ヘルパーさんは来てほしくない。絶対に嫌だ。ヘルパー所長に言ってほしい」という。
そのわけを聞くと、「早くして!次のケアに行かなきゃならないから」という言葉がかえってきたそうだ。
そのヘルパーさんは、軽く冗談のつもりで行ったのだと思うが、本人にとってはささいなことが冗談ではなくなる。
それまでは、とてもいい人だと信頼していたのに、たった一言で本人を傷つけてしまった。
尿意や便意がわかっているだけに、他人に世話をかけることは恥ずかしいだけに一番辛い事でもある。
高齢者だから認知症があるからと片づけてはいけない。
私ももう30年以上前になるが、腰椎分離滑り症の固定術をした時には、3カ月ギプスベッドだったので、その時の排泄介助だけは恥ずかしくて二度と入院はしたくないと思ったものだ。
親しくなっても個人を尊重することは忘れてはいけない。
確かに時間がなくて、次のケアも気になることもわかるが、話しかけの言葉を選らばなければいけない。
排泄介助の気遣いというものは、ことのほか心配りが必要である。
安心して気持ちよく介助を受けて頂けるように、ベッド上でのオムツ交換ひとつにしても優しい声かけや手順も配慮すべきであることを忘れないでほしいと願うばかりである。
 

成年後見制度で思うこと

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 3月21日(火)00時20分56秒
  権利擁護で金銭管理をしてた頃は、自分でお金も自由に使っていて、生活行動においても、自分で何でもやらなきゃと意欲があったのだが、成年後見制度を利用するようになり補佐や補助であっても、本人が高額のものをすぐに購入したり、御金を紛失することがたびたびであったりで最小限の日常生活費のみ本人の手元において財産管理をするようになると、少しずつではあるが、御金に対すつ執着心がなくなってきたように思う。
通院に同行すると、過去には支払いはおつりが間違っていても自分で支払わないと気が済まない人であったが、最近では、「あんた払ってきて・・」と私に財布を預けるのである。
また、過去にはいつも大金をもっていないと落ち着かず、支払いも前金でないと気が済まない人であった。
今では、サービス利用料においては、弁護士さんのところで管理するようになったから手元のお金は少なくなったのだが・・・。
手元のお金の残額に抵抗がなくなった。
それはいいことには違いないが、物忘れが急激に進んできたようにも感じる。
病院に行っても三か所回るのだが、受診が終わっても、次の科へ行くよう誘導するのだが、終えた科もまだだと繰り返したずねる。
お金というのは、人間にとって一番きになることでもあり、そのお金への執着心がなくなるということは、生活全般においても意欲が軽減するように思う。
財産管理はとても大切なことではあるが、補佐や補助の場合に本人に寄り添って必要に応じて訪問というのも難しいことではあるが、時には、その訪問回数が原因でトラブルが起こることもあるのである。
ただ、悲しいかな事務的に支援をする人もある。
成年後見制度は心なくしてはありえないことだと思っている。
本人の自立心も尊重しながら支援できることを願うものである。
 

覚えていてくれたことの喜び

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 3月16日(木)00時52分18秒
  退院前に入院からの経過説明を娘さんと一緒にお聞き指して頂くこととなりご本人とも久しぶりにお会いした。
「私のことわかりますか?」と尋ねると「うん、覚えてる」とニコッとわらってもらえた。
愛犬のことも忘れてしまっているときいていたが、話しているうちに「○○がまっている」と時折思い出すようであった。
いつも食事は全介助でも少ししか食べないと心配していたが、「美味しそうなお食事だね。頑張って食べてみようか?」と声かけすると、御粥もおかずも全部食べてしまった。
娘さんが「初めて一人で食べれたね」ととても喜んでいた。
会話はところどころ話が通じる程度ではあるが、声かけにはにこやかに返事できていた。
自宅へ戻れば、もっと落ち着くのではないか?・・・そんな気がした。

病院のスタッフは忙しいから、ゆっくり会話することもできないが、過去に出会った者の顔は思い出せるところに心のゆとりが生まれるのであろう。
心にゆとりを持って対応すれば、気持ちは通じると確信した。
きっとよくなると信じてやまない。










 

入院時のケアの質をみる

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 3月15日(水)00時29分9秒
  入院すると、ADLが低下してしまうケースも多い。
ただ、急性期病棟ではやむえないのだろうか?いやそんなことはないと信じたいのだが・・・。
抑制はしてはいけないが、誓約書を書けばとおるというような病院もある。
本人が一人で動くことの危険性を案じてのことであろうが、とても辛いことである。
ベッド柵も四隅ともに覆い、排泄もバルーンにつながれ、ベッドの中だけの生活になってしまっている。
本人は、入院した時には、おにぎりを美味しく食べていたのに、食事が全くとれなくなって点滴で補い、なんとか全介助でわづか摂取できるようにはなったものの、わづか半月たらずでこうも変わってしまうものか・・・。
日中独居で在宅は無理だろうと言われるが、娘さんは自宅に戻れば認知症状も回復してもらえるのではないかと信じて、とにかく自宅で様子みてみたいとなった。

私も、同じようなケースをたどった利用者さんが今では自宅で元気に過ごしてくださっている。
周りのかかわりが多いほど、ご本人の意欲も変わると信じたい。
そのためには、家族だけでなく、関わるいろんな人たちの介護に向き合う熱意も必要となる。
改善を信じて努力するのみである。
 

めぐり合うケースは過去の自分の痛みと重なる

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 2月18日(土)00時31分47秒
  介護保険制度が始まってからずっとケアマネとしてたくさんの事例にめぐり合わせて頂いたが、どれもすべて個々に違いがある。問題解決も十人十色で、参考となることはあってもこれでよしというわけにはいかない。
しかし、身体的なこと、家族問題、社会問題等、私も経験してきた同じ思うだなと胸が痛むことも多い。
だからこそ助けてあげたいと切実に思ってしまう。
親子の絆の深さに胸を打たれることも、両親ともに○末期で子供たちは遠方から交替で帰ってきて世話をする。
遠距離介護というのは、経済的にも身体的にもそういつまでも続くものではない。
かかりつけ医の助言で娘さんの住む土地へ移ることを決心された。
そのおかげで、娘さんの気持ちと母親との気持ちが一つになって、わずか数日の支援となった。
担当者会議や在宅医との話し合いやサービス調整など毎日忙しかったが、結局は医療の訪問看護で足りることとなったので、私は介護保険での給付管理は必要なく他県への在宅のつなぎは全面協力させていただくこととした。
娘さんから「こんなによくして頂いてよかったのでしょうか?」と地域包括支援センターや福祉用具事業者や私に何度もお礼を言って下さったが、「あなた方ご兄弟の親孝行に対するご褒美だと思えばいいですよ」と返事させていただいた。

私が遠距離介護に通った頃は、まだ介護保険制度がなかったころで、毎週実家へ一日かけて電車や船を乗り継いで通ったものだなと懐かしく、これもまた過去のいい思い出となっている。
人は過ぎてみればどんな辛かったことも、経験を超えて今を生きる糧となる。
頑張っている家族をみると全面協力したくなる。
昔、夜学時代の同級生が「将来、苦労は買ってでもしたい」と言っていたが、今67年の歳月を得てその気持ちがよくわかる。
苦労はした分だけ宝となり、自分を成長さしてくれる。
いろんな事例にめぐり会うごとに学びを頂き、更に人の心がわかる人間になりたいと思うばかりである。
 

家族の支援

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 2月14日(火)00時47分33秒
  もう2年も奥様の支援をしていながら、ご主人のことを深く知ってはいなかったことに申し訳ない気がした。
いつもご主人は足が痛くて整骨院に通っているから別に介護保険サービスの申請をしょうとは思わないと言っておられ、また、家事もすべてこなして奥様の外出支援もこなし、奥様の生活を助けておられたから当然ながら要支援認定も対象外であろうとは思っていた。
今日、ご自宅を訪問した時に「ご主人のほうはなにか辛い事はありませんか?}とたずねたら、「このところ足の小指が痛くてなぁ・・・」というので足をみせてもらったら片足の浮腫にびっくりした。
そして、その原因をきいていると、過去に○○全摘していて、退院時の指示書をみせてもらったら原発性リンパ浮腫にて下肢の圧迫包帯やリンパマッサージしか治療の方法がないことが書かれていた。
本人はん何が原因であるか理解できておらず、何にも治療してもらえず、他の病院を探してみようと思っているという。
しかし、その病院の主治医が心臓血管外科の専門医であり、○○摘出術をして下さった同じ病院の医師でもあり経過もよくわかっておられる。誰かが付き添ってもう一度、原因の説明と現在の悩みを相談すべきだし、足の指も腫れ上がって小指は赤く炎症を起こしている。
今まで整骨院のマッサージに通っていたが、ここでは難しいと言われ今はリハビリにも通っていないそうである。
専門の治療院を紹介してもらったが、専門的なリンパマッサージは一回の施術料が高くてあきらめたと言われる。(あちこち友人に問い合わせてみたがどことも8千円以上はするとのこと)
私が知るあるディサービスでは、週に一回だけリンパマッサージの先生が来られていて、必要な利用者には施術をして下さるそうである。
要支援認定でたとえ要支援1でも判定がでたなら利用ができるのだが、本人は「今のところは生活に困っていないから・・・」とのこと。
インターネットで調べたら原発性リンパ浮腫の治療ができる病院が市内に3か所ほどある。フットケアもしていると書かれていた。
今、かかっている医師に相談して、前回の診察から半年もたっているからもう一度、受診して今後の方針を確認すべきだと進める。
奥様は要支援(認知症あり、ご主人が見守っている)なので地域包括支援センターに相談を進めてみようと説得しょうと思っている。
男の方は奥様の支援で訪問しても、自分のことには触れないから気付かずにいた。
以前に家族アセスメントの必要性を推進している会があることを教えてもらったが、今後は、ご家族自身のことも話して頂けるように信頼関係を築いていかねばと反省するばかりでした。
 

これ以上は我慢してほしいとは言えない。

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 2月 8日(水)23時33分25秒
  要介護5のサービスなら十分使えるでしょうと、よく言われるが、その方の満足度からするととても足りない。
それは我儘というものだとも評価される意見も多い中で、本人が自立を願い「こうありたい」ということがすべて我儘とは限らない。
夜間に排尿が集中して、夜中に徘徊が頻回でこまるというケースもあるが、本人の中ではトイレに自由にいける・・・。尿失禁も繰り返していても不快ならばリハパンツを脱ぎ棄てることもできる。家族にしてみれば大変なことではあるが、なかには尿意が分かっていてオムツの中へ夜中に何回も排尿して大きな夜用のパットや小さいパットも重ねていても、量が多くなると腹部や腰も冷たくて気持ち悪い・・・と訴えざるを得ない人もいる。
複数の巡回サービス事業所へお願いしたが、一人暮らしで生活全般をみるとなると、必要人員は3倍いるから受けてもらえない。
家族が他府県から仕事を終えて毎晩排泄介助に通ってきていたが、数か月ともなるとさすがに疲れてしまった。
夜、個人的に応援しましょうと声かけると、本人は朝に集中して何回も出るから早朝にオムツ交換してポータブル介助さしてほしいと訴えがあった。
当然のことながら、要介護5でもサービス量は足りない。
幸い、私は自転車で5分も走ればいける。
本人は、毎日、私に手を合わせて拝むようにして「ありがとう!ありがとう!外は寒いのにご苦労さまやなぁ」と感謝の言葉をかけてくれる。
そこまでするのはおかしい。ケアマネの仕事ではない。施設なら夜中問わず安心なのに・・・といわれるが、この方が自宅での生活を望まれ、本人もベッド上の生活から自立しょうと頑張っているその姿をみると、手を差し伸べずにはおれない。
ケアマネとしてではない。個人のボランティアの立場からである。
毎朝、ずっしりと重たく冷えたオムツをみると、電気毛布で布団の中は暖かくてもオムツの汚れの不快感は本人ならずともたまらなくかわいそうに思える。
在宅のサービスの限度額が十分ということはない。
人間らしく生活したい・・・。健康な者にはわからないことであろう。
この方に夜のサービスが加算して使える方法ができたなら、在宅生活の喜びもひとしわふくらむことであろう。
介護保険制度の適正化は必要なことではあるが、ほかで無駄遣いをやめて必要なサービスがなにかをもっと分かってほしいと思うばかりである。
 

接遇による評価

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 2月 5日(日)00時27分51秒
  利用者さんがディサービスを選択するときに、リハビリ強化型のディサービスを選んである程度、満足しておられたのだが、相談員さんが交替になってから、相談員さん以外のスタッフの態度も目につくようになってきたらしい。
以前の相談員さんは、どの利用者にも気配りが感じられみなさん楽しく利用されていた。
評判がよく口コミで瞬く間に定員がいっぱいで急遽・休んでも振り替えもできない状況である。
また、マッサージの施行時間もだんだんと短くなっていく。
そのうちあれだけ喜んでいたはずのリハビリに物足りなさを感じるようになり、ほかのリハビリ強化型の事業所を紹介することにしたのだが、幸い、双方のディサービスのそれぞれの良さに両方利用したいとなって、週に3回の内、どちらかを2回にしたいとなった時に、スタッフの誠実さが伝わってきた新規の事業所を選択することになった。
確かに私もご一緒に体験に参加してその気持ちは感じたのである。
といっても、利用人数が少ない時には手厚くして忙しくなるとなれ合いになってしまいがちであるが、この新規のディサービスもそうならないことを願うものである。
ただ、最初の事業所も相談員さんによってずいぶん違うと感じた。誰しも感じることは同じかもしれない。
どんな職種であっても接遇態度は一番めにつくことである。
気持ちよく利用できるためにも、人のふれあいは気持ちよくありたいものである。
 

施設か在宅か?選択の違いは・・?

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 1月11日(水)23時51分23秒
  一人暮らしで、医療的ニーズが高いから施設入所しかない・・・と申し送りを受けたケースについて私は疑問を感じる。
過去二回にわたって脳梗塞を発症し、頸部動脈の狭窄症があるから次に脳梗塞を起こしたら命取りになるとは言われているが・・・。
今は、状況としては、落ち着いている。
とにかく入所先を決めなければと支援者側はいわれる。
主治医にお会いしたら、ケアマネの心次第だな。と・・。危険性はあるが、今の生活が楽しいのであれば、いつどうなるかは覚悟の上ならやむえないのではないか・・・?
支援者側からみると、一人で誰もいないところで死んでいたら責任問題となる。
施設入所なら緊急性の対応が図れるといわれる。もっともなことだが、他にも動脈瘤を抱えている人などもたくさんいるが、すべてが、見守る人がいなければ施設入所かというとそうではないだろう。
本人は毎日ディサービスに通っているが、毎日が楽しいといわれている。
優先的に目標を掲げるとしたら、脳梗塞を繰り返さないよう健康管理に努めることではないだろうか?
本人が多少の不安はあっても在宅生活を続けたいと願うなら、できるかぎりの支援をして応援したいと思う。
この方には他職種間の連携も結構ある。
それでも、受け入れ施設を探すことを進められているなかで、私の考えは間違っていると叱られるかも・・・。
サービス事業者サイドからは、本人が明るくなって意欲的にリハビリにも励んでいると聞く。
本人の気持ちをしっかりと聞いて、不安もあればその都度しっかりと傾聴していきたい。
 

感謝の心をいつまでも忘れずに居てくださるってすごいな!!

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 1月11日(水)23時23分48秒
  もう12年あまり前のことになるだろうか・・・?
まだ、消費者金融の強引なとりたてに泣きを見る人も多かったころ・・・。
本人からどうにもならないことなんだけど・・・と相談を受けて、友人の社会福祉士さんに相談をもちかけて、彼女の紹介で良心的な弁護士さんにつないで頂いて、借用した分も解決し、まだ返戻金も戻ってきたのであるが、いつまでも毎年感謝の言葉を返してくださる。
もう、そんなにお礼を言わなくてもいいよといっても、「あの時、助けてもらっていなかったら、今ここに生きていることはなかったと思う。」「わずかな年金暮らしだが、お金の大切さが身にしみる、何年たっても感謝の気持ちは生きてる限り忘れられない」という。
しばらく会っていなかったので、元気だった?と聞くと、二度呼吸停止をして生き延びさしてもらった。
もう一度会ってお礼を言いたかったという。
そして、別れる時に何度か振り向くと、いつまでも手を振ってくれていた。
なんだか、もう会えないような思いがしたが、いつまでも元気でいてねと願わざるにはおれなかった。
「二人とも、なにかあったら必ず知らせてな。すぐにかけつけるから」という。
こんなに真剣に感謝の思いをぶつけてくださる人はそういない。
私も、自分の人生を振り返って、人の情けに今があることも多々あった。
あらためて、過去の恩義を忘れてはいけないと自分に言い聞かせるばかりです。
 

心温まる医療連携

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 1月 5日(木)23時58分41秒
  新年早々に利用者さんが救急搬送となり、いろんな条件が重なり一人の方を3回救急車で搬送することとなりました。
1日は、終日、○○さんの付き添いで終わったのだが、その苦労とはうらはらに心が温まる経験をさして頂いた。
○○さんを、いつもかかっている病院へ搬送したものの、原因を知るために大きな病院へ搬送せざるを得ない状況となったのだが、その時、救急外来の主任ナースが救急車に同乗してくれることとなった。
そして、大きな病院で検査をした結果が脳梗塞ではないということがわかったものの、インフルエンザは天涯孤独の人しか入院できないということであった。
とても自宅へ連れて帰っても、意識が朦朧としている彼女を自宅でおいておくことはできない。
最初に搬送した病院に連絡したところ、原因がわかったのなら入院を引き受けましょうとなった。
救急車で搬送することになったのだが、今度は当直医が「僕は5時で業務が終わりなので、僕が付き添いましょう」といってくださった。
正直、びっくりしました。
今まで何回となく救急車に乗ったことはあるが、病院間でナースや医師が同行してもらえることは初めてあったから・・・。
その先生に「今まで、救急車にDrが同行してくださるなんて初めてです」とお聞きしたら「本来は同行すべきことですが、まだこの県では人材不足なのでどこの病院でもできていません。ただ、あちらの病院から看護師さんが付いてきてくださったから、こちらからDrが付いて行くのは礼儀なんです。」とおっしゃった。
当然とはいえ、なんとすばらしい先生だなと感激しました。
本当に心から感謝した次第です。
私の疲れも飛んでいきました。
そして、このナースのさりげないしぐさが、またしても、労をねぎらってくれました。
私が最初の病院でのDrにやや抗議めいた問いかけをしたときに、「私もこの方の普段を知っているから・・・」と声掛けてくれたときに、私の肩をポンとかるくたたいて「わかっているわよ」と視線をなげかけてくれた。
そして、一緒に救急車に乗る時にも「ご苦労さま」とまたも肩をぽんとふれて笑顔を見せてくださった。
さりげないしぐさがどれほど心を癒すものか・・・。
大変な一日であったけれども、新年早々、すばらしいお二人の行為に感動を頂きました。
 

ご家族の苦労を支える

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 1月 1日(日)00時47分7秒
  要介護5の利用者さんであっても、介護保険サービスでことたりるというわけではない。
ご家屋は他府県から息子さんと娘さんが交替で助け合えるところは、必死でお世話にきておられる。
経済的にもそうとうな負担がかかっておられるのは、よくわかる。
介護保険の限度額で抑えようと思って、巡回サービスや小規模多機能も問い合わせたが、排泄だけの巡回ではなく、生活援助がついていると、人材が足りないから無理ですねと複数個所からことわられた。
排泄中心で介護単位数を計画するのも。身体20分に生活援助がついていては使えない。
尿意や便意がわかっていて、日中はポータブルでできても、夜間は介助者がいないからオムツで我慢してもらっているが、夕方に排泄すると、朝はぼとぼと状態でじょく創ができてきた。
夜の加算がついてもなんとか単位数を調整できないものだろうかと思案するのだが、朝・昼・夕とヘルパーが訪問し、毎日家族が夜に遠方から通うというのは辛いものだと思う。
身体20分と生活の組み合わせができたら、夜間のケアも含め一日4回は介護保険で足りるのだが・・。
家族がいて排泄のみの巡回型サービスを使うのと違って生活全般の介助が必要であるから、身体に生活がつかざるを得ないのである。

夜間にポータブルトイレ介助が一回はいることで、処置Gへの汚染の度合いも違ってくる。
私は自宅が近いから夜に応援してもいいと思っているのだが、ご家族にしたら遠慮してしまう。
困った時には甘えなさいと伝えたのだが・・・。
毎日夜8時に通ってくるだけで、交通費もばかにならない。
仕事も持っておられるので、疲労は目にみえている。
私も業務外の時間帯ならボランティアに回ってもいいのではないか?

家族が支えるにも限界がみえているのだから、無理を押してまでも訪問してくださいなどとは言えない。

 

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