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抑制

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年11月19日(月)19時43分9秒
  今日の新聞誌上に一般病院での認知症の患者さんの46%が何らかの抑制をされているとのアンケート結果が報告されていた。
主人の母も緊急でやむなく入院したものの、翌朝に訪問すると両手と体幹がきつくしばりつけられていた。
事情を聞くと点滴をはずそうとしたりベッドから降りようとして危険だったのでと説明あり。
その日からは点滴の間は付き添うこととし、食事介助にも付き添ったので、せめて家族がいる間は抑制ははずして下さいとお願いした。
抑制されている姿を見るのは辛い。涙があふれてきた。
入院して三日目に主治医の説明があった時に、抑制をせざるを得ない言い訳が聞かれたが、老衰で治療は効なしとのことなら、自宅で看取ることを決め家族が交替で母の介護にあたった。
二人体制で付き添ったものの、10日もすると家族も疲れて来たが、それでもあの抑制された姿を見たくはない。
最後まで自然体で看取ってあげようと家族全員の思いであった。
最後は、母も子供・孫・ひ孫ともに33名全員に看取られて永眠した。
母も「みんな有難う!」と意識の遠のく中にも感謝の言葉を返してくれた。
お寺さんが「○○さんは100歳を超えて大往生ですね。みんなでにぎやかに見送ってあげて下さいや」とおっしゃられた。

確かに一般病院では処置をするのに抑制が当たり前のようになされているところが多い。
悲しい事です。
入院時に抑制の同意書の説明はあるが、紙面で同意すれば当然のようになされる悲しさ・・・。
抑制がより少なくなるようにと心から願うばかりです。
 
 

私の尊敬する二人の母

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年11月17日(土)23時58分37秒
  先日、主人の母が100歳を超えて亡くなった。
私の母は78歳で亡くなったが、二人ともに私が人生の目標とする姿を示してもらった。
この二人の共通点は、共に地域の為に誠を尽くしたことである。
私の母は困った人がいれば、自分の家庭の貧しさにも顧みず衣食住をとおして愛を施すひとであった。
社会の母としてS28年の「母の日」に○○県で3人の母が表彰された内の一人でもあった。
その頃の母の姿は私はまだ3歳であったからアルバムに乗せられた母の姿と形見の姫鏡台でから母の生き方をしったものである。
私が小学校の頃には、当時は漁師まちは貧しく留守をあずかる子どもたちはお腹をすかして我が家に集まってきていた。
私の家も貧しかったが、母はお芋をふかしておやつを分け与えてあげた。
ただ、人が良すぎて頼まれれば人の保証人として断れず、何人もの人の為に一生借金の返済に「保証人となったからには責任がある。」といって、逃げて行った人を恨みもせず、我が子への愛情もひときわ深く、学校を卒業して結婚して母がなくなるまで、海の幸を送り届けてくれた。
私が福祉の道を志したいと思ったのは、母の姿からである。

主人の母は、地域の世話役をずっと続け(80歳を過ぎる頃まで)、市のレクレーション協会に所属し地域の公民館をあちこちと民謡を指導し、施設慰問など98歳の頃まで新舞踊や民謡などを見て頂き、入所している人たちの中から自分たちより歳を重ねた慰問者に元気をもらったと喜ばれたそうである。

どちらの母も他人の悪口は言ったことがなく、誠実でまっすぐに生きた人・・・である。
主人の母は嫁の愚痴など言ったことはまずないだろうと思う。また、地域の人からも目標とする人だと会う人ごとに聞く。

私は本当に幸せ者だなぁといつも思っている。
普段は仕事に忙しく、なかなか主人の家に立ち寄ることも少なかったが、今回倒れて亡くなるまでの10日間は昼夜ともに介護ができたことは本当に嬉しかった。
主人の母も何度も「有難う!」と返事をかわしてくれた。

これからも、この二人の母の姿をとうして私の残りの人生を悔いなく人のために役立てる人間でありたいと切に願うばかりである。
「お母さん、有難う!」
 

夜間不眠

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年11月 2日(金)21時44分59秒
  血圧の薬が増量になってからというものの1か月あまり、夜間の不眠が続く。
頻尿と脱力感がしばらく続き、そのうちなんとか薬の増量にも慣れて来たかと思う矢先のことであるが、体は暖かくしているのに悪寒が止まらない。
夜中に突然、全身の灼熱感で飛び起きて胸が苦しい!となりそのあとは悪寒が続き、日中も夜間も悪寒に悩まされる。
体温は35.7度、血圧は150程度、どこからこの寒気が出てくるのか・・・?
自立神経失調症?とたづねられたり、胸の痛みが続くから心電図をとったが異常はなかった。
ついでに肝機能も高いからと肝エコーと腎臓エコーをしてもらったら左右の腎臓が小さくなっていますね・・・。えっ??
左右とも悪くなったらどうなるんだろうか?とショックが隠せない。
不眠はますます続きそう・・・。
病気の不安でストレスがかかりすぎているんだと思う。
左肩から脇・前胸部への痛み、右腰の痛み、全身の倦怠感で一晩ごろりごろりと寝返りばかり、時に無意識に「痛い!痛い!」とうなされているようで、時に静かな夜もあるらしく「今日は痛みが増しだったのか?」と主人に言われる。
ただ、寝ている時は苦しいのに起きている時は痛みも少なく、ただ眠いので頭がぼっとしている。
まだ、私は不安にかられながらも昼間は自制して仕事もできている。
兄嫁さんが事務を手伝ってくれているから仕事ができている。本当に有り難い。感謝である。
私の不調を聞いてくれる。
だからこそ、まだうつにまでならずに済んでいるのかもしれない。
出あう人たちは「変わらず元気そうね!」と言ってくれるのが不思議である。

病気を抱える不安は想像以上のものだと思う。
昔は子供の身に大事なできごとが起こった時に、私の体に知らせがあった・・・。
胸騒ぎ・・・というような出来事とが・・・。
今は、私のことで主人や子供たちに心配をかけないように自分の体と闘いたいと思っている。
周りの友人たちも心配して下さっていることを申し訳なく思う。
なんといっても生活サイクルを見直すべきだとは思っているが、どうも夢中になってしまう私にはバカというしかない。
反省するばかりである。
あと、何年仕事が続けられるか・・・そんなことばかり思ってしまう情けない私である。
 

麻痺と痛み

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年10月13日(土)00時12分16秒
  いつも不思議に思うのだが、麻痺した指先が痛む・・・。
日中は感覚の鈍さに足のバランスの悪さに悩み、夜になるとこの鈍い感覚の足が痛んで涙が出そうで不眠になるのである。
確かに利用者さんの中でも手や足が麻痺していて動かしにくいのに痛みも伴う人もある。
麻痺側は上にすると循環も少しは助けてくれるのからくになる。
半身麻痺の方は麻痺足を上側にして寝るというのは通常のことではある。
自分自身の体を通して利用者さんの苦しみもよくわかる。
日頃、励ます事が多いかもしれないが、励ましではなく本人の思いに寄り添うことが大事と反省することもあり、傾聴して教えられることのほうが多いとしみじみ感ずるこの頃である。
 

足指のマッサージ

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年10月12日(金)23時57分34秒
  昨日の夜に娘が仕事から帰ってきたところを無理を言ってマッサージしてもらったのだが・・・。
背中から腰と下肢をマッサージして、足の指と裏は自分でしなさいと言ってマッサージのコツを教えてもらった。
いつも自分でも指先は手の指で伸ばすようにしていたが、手をグーにして指の背で足の甲から指の間を押し延ばすようにすると、少し痛いが圧力がかかり足の麻痺感覚が少し良くなったような気がした。
昨晩はおかげで夜中1回は起きたがぐっすり眠れた。
足の指先は麻痺したような感覚で板をはったようなゴム板を踏みしめているような鈍さがあり、足の裏全体から足首にまで鈍い感覚になってきていて、もう治らないのかとあきらめていたのだが、もしかしたら毎日努力したら少しは回復するのではないか?・・・と希望を抱いた。

娘は美容室に努めているが、ネイルが専門だが他の分野も技術をみにつけているのでたまに頼めばマッサージもしてくれるのだが、朝は早く夜は遅いので無理はいえない。
自分でできることは頑張って努力してみよう。
もっとも、マッサージするときに保湿クリームを使うと皮膚の乾燥も補えて気持ちいい・・・。

どんな分野の職業にも、それぞれに仕事の厳しさがあり絶えず自己研鑽の努力は欠かせないことを感じる。
出勤すると仕事開始前にはレッスンがありお店の終了後にもレッスンで終わる。
高校を卒業するまでは勉強が嫌いであったが、社会人となると仕事には真面目である。

私には4人の子供たちがいるが、親バカかもしれないが、みんな仕事には真面目だなと・・・。
いくつになってもまじめで一生懸命向き合えることに出会えるのは、このうえない喜びであると感謝している。

少しでも健康を回復し、まだまだ楽しく仕事と向き合っていきたいと思っている。
 

不思議な夢の世界

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年10月10日(水)23時43分1秒
  血圧の薬が合わないと思って一時的に夕のみもとに戻したものの、やはり血圧は高めが続く。
それで迷ったあげくに、もう一度主治医の指示どうりに増量した処方どうりに戻すと、夜間は胸が苦しく朝の4時頃まで寝返りをバタバタしながら、ふと気がつくと不思議な夢の中であった。
病院に入って出口からでると、そこは先の見えない黄金の草原・・・。
なんときれいで静寂な景色なんだろう。今まで見たこともなく美しい世界・・・。
そのうち、大きな湖に出てボートを漕いでいる人がいたが、声をかけても聞こえない。
病院へ帰るにはどうしたらいいの?
病院へ帰る道を探そうにもわからない。
不安に駆られていると、遠くに病院のような建物が見えバスが走っている。
そのとたんに目が覚めた。
ただ、胸の苦しさは残っていて血圧を測ったら98であった。
夜中はいつも160前後ある私にしてみればかなり低い。
起き上がったとたんに血の気が引いて再度、布団の中へ・・・。

あの夢はなんだったのだろうか?
主人が「天国の入口にでも行って帰って来たのと違うか?」と冗談ぽく笑いで飛ばしたが、苦しかったからあんな夢を見たのかな・・・。
今日は、昼に時間をずらして血圧の薬を飲んで、夕の薬は飲まなかった。
飲まなくても血圧は安定していた。
薬って、なんなんだろう・・・???
今日は一日、頭がぼっとしていた。
ただ、夢のことは不思議と鮮明に覚えている。
 

地域共生社会の実現にむけて

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年10月 8日(月)21時52分54秒
  最近では「地域包括ケア」とか「地域共生社会」へのケアマネの役割が問われているが、まだまだケアマネの意識付けは弱いのではないかと感じる・・・。
ケアマネは介護保険の要として介護保険制度に位置付けられていて、障害者支援や家族支援も含めて地域住民とともに助け合いの町づくりを担うというまでには関心が薄いようにも思う。

地域包括ケアという言葉も平成19年の頃~推進されてきたのに、10年近く過ぎてもなお且つ発展していないことが非常に残念である。
また、地域の中での施設の位置づけにしても、ずいぶん昔から施設もまた地域の住人と言う存在であり、少しずつではあるが地域行事への参加や施設での行事に地域の住民参加も増えては来たことは喜ばしいことだと思う。

そこで、ボランテァの存在を考えてみると、ボランティアもまた高齢化して担い手が少なくなりNPOで動いていたところがボランテァ団体として活動を縮小せざるを得ないところもでてきている。
今日、ある研修に参加して社会保障が大きい国と社会経済が貧しい国ではボランティアの数はどちらが多いか?という講師の先生の話があった。
当然、社会保障がいい国にはゆとりが生まれた人達にはボランティアとして手を差し伸べようと思う人も多い事だと思う。

共生社会の実現にむけては、財源がないから地域住民の助けがいるというだけでは可笑しい。
社会福祉法人の福祉への担い手、社会福祉協議会の役割。介護サービスや障害者サービスに関わる事業所もまた福祉力への協力意識を持つなど、営利事業とか非営利事業の区別なく介護に携わる者の福祉の心を忘れてはならないと思う。

「福祉」とはしあわせの語源もある。
心がしあわせであるためには、地域住民も含めた助け合いの町づくり・・・。
私はいつも思う・・・。子供たちを育ててくれたこの地域に感謝している。地域になにか恩返しできることがあればと地域の行事参加には協力を惜しまない。
 

家族関係

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年 9月28日(金)22時57分47秒
  ケアマネの仕事をしてから2000年から始まり、いくつもの家族関係を見て悲しいケースや幸せなケースなど、数え切れないほど・・・。なかには介護放棄や虐待の心配をするケースなども多々あり、どう介入すべきか悩んだことも・・・。

そんな中にも嫁いだ娘さんが親御さんを引き取って介護しているケースは意外と多い。
娘さんは疲れて愚痴も言いながらも一生懸命お世話をされている。
先日、ある利用者さんがお父様は入所が決まり、奥様はまだまだ在宅で生活できるが、足腰も弱ったり山の中で交通の便も悪く、いずれは入所も考えないといけないと思っているが、以前は娘さんが私のところへおいでと言ってくれていたが、最近になって「私のところも来てもらっても困る」と言われてしまった。」
時代の流れで仕方ないかな・・・。親はいつまでも子供たちの迷惑にはなりたくないと思うんです。と寂しそうに話された。

私も自分の立場になって考えると、やはり娘の婿や息子の嫁には気を使う、世話をかけないようにしたいと思ってしまう。
幸い、まだ一人自宅にいる娘が姉に「私がお父さんやお母さんの面倒をみるわ」と言っているらしい。私たちには直接言わないが・・・。(笑)

それでも、お嫁さんの立場でこれほどまでにと一生懸命お世話をされている方も数多く見て来た。サービスをうまく使って介護者が倒れないようにと祈る思いのケースもある。

ご両親のことを心配しているのに形として表わせない方も・・・。
疲れて苛立って、思うように介護ができず手が飛んでしまった・・・という方もいた。
本人の認知症が認められなくて、自立してほしいからと言って本人任せになっていつも尿失禁や衣服の汚れで尿臭があっても気にならない娘さんもいた。

しかし、どのケースでも親子のきづなは切れるものではない。
親子でののしり合っても、昔は子供を育てて来た親子の情は残っているはず・・・。
ケアマネの立場で親子のずれを修復できる手伝いができると嬉しいものである。
親子に限らず兄弟姉妹も同じである・・・。
あるテキストにも書いてあったが、それぞれの家族の歴史をしることで、地域でのつながりや援助方法も見えてくるのではないか?

私も素直に生きたいと思う。きっと手を差し伸べてくれる人たちが地域の中にたくさんいることでしょう。自分が役に立つことは小さなことでも手助けしたい。
役にたてる人間でいられることって、とっても幸せだから・・・。

ある学園の「『いのち』にふれる映画上映会ーひとりひとりにそれぞれの人生があるー
感じていますか。はじける喜びと、小さな幸せを。見つめて下さい。ひとつひとつの人生という季節を。
わたしの季節
これは、障害の重い軽いにかかわらず、一人ひとりの日常を生き、それぞれの季節を重ねてきた・・・
重度の障害児者に限らず、高齢者においても認知症があっても身体に障害があって寝たきりの高齢者であっても「いのち」ほど尊いものはない。
私もいのちを大切に助け合っていきていきたい1!
 

薬の効能は人それぞれ異なる

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年 9月25日(火)21時49分41秒
  慢性腎不全のなかでも糖尿病性腎症に加えて尿蛋白が出ていると、血圧は125/75を維持するようにといつも言われ続けて来たのだが、なかなか基準値を守ることは難しい。
7月に脱水がひどく利尿剤を中止したところ血圧は上がり気味で蛋白尿も値が悪くなっていたので、主治医は利尿剤は使わないが夕の血圧の薬を増やそうと指示された。
ニフェジピンが60mgとロサンチンカリューム錠50mgの降圧剤を内服することになった。
朝と夕にわけてだが、変更になってからの夜中は脱力感が強く頻尿と下痢で1週間続くとさすがに日中もしんどい。
こんな状態ではだめだと思い、夕のニフェジピン40mgを20mgに戻した。
主治医に言わずに勝手に薬を変えるのはいけないことと承知の上だが、やはりもとに戻して正解であった。
夜中の頻尿が止まり睡眠が少し取れた。
基準が絶対というのは人それぞれに多少の差はあってしかるべきではないか・・・?と思う。

今日の夕方に担当している利用者さんが呼吸困難で緊急搬送された。
昨日、訪問した時に下肢の浮腫みがひどく心配していた。
この方は重度の心不全と重度の腎不全でもあり、どちらかを優先すれば片方の治療とはならない。
高齢で人工透析もできず、余命は・・・推測できないと言われたいた。
循環器の主治医が担当ではあるが、腎臓の働きがかなり悪いので水分をしっかり取るように1500mlは取りなさいと言われているとのことであった。
本来なら重度の心不全だから水分の制限は大事なところであるが、それは承知の上で腎臓のことを考えて水分を進めていたのであろう。
今日の夕方に緊急搬送した時には肺にも水がかなりたまっていて、酸素飽和濃度もかなり低くなっていて酸素吸入を行いすぐに入院となったようである。
昼間に訪問看護師さんが訪問した時には落ち着いておられたそうであるが、急変すると一気に状態も重症化しやすいものである。

治療方針においても、疑問を感じたら根拠を説明を受けておくように努めたいものである。
指示は仰いでも、主治医に疑問を返す事まではできにくいが、日頃の顔合わせがもっと密になれるように情報の共有に図らないといけないなと反省もした。

 

何気ない会話の中で・・・

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年 9月13日(木)23時41分11秒
  最近、二度ほどドキッとさせられた言葉かけがありました。
一度は美容室へ行ったときのことです。
髪の毛を整えながらいきなり「どうしたんですか?真っ黒ですね?」と・・・。
「あぁ・・自転車で走るとこんなにも日焼けして・・・」と笑って答えながらも、「そうか・・人から見たらびっくりするほど日焼けしてるんだな・・・」
今日は、定期受診後に検査室で造血ホルモンの皮下注射をしてもらうのに、腕を出したら、またも「どうしたんですか?畑仕事でもしたのですか?」・・・。
思わず私も笑ってしまった。「いやぁ・・自転車で走ることが多いとこうなるのですよ。」と答えると、その方はあわてて「いやぁ!ごめんなさい!」
「いいですよ。もともと海辺で育った人間だから昔から色黒でしたから・・・」と答えながらも、女性としてはちょっと恥ずかしい思いがよぎった。
悪気はなく親しみこめて声かけをして下さっているのはわかっているから、怒る気にはならないが、もっと身だしなみをきれいに顔も腕も磨かなきゃねと自分自身に言い聞かせた次第です。(笑)
これじゃ、おばあさんに見られても仕方ないと、いつも娘には怒られている日々・・・(笑)

それでも、私たちも無意識に他人の心に土足で踏みにじるようなことをしてはいまいかと振り返る次第です。
人のふり見てわがふり直せ・・・。ただ、会話の中に笑顔があると許せる。
改めて、相手の心を傷つけるようなことはいうまいと自分に言い聞かせたものでした。
 

24時間テレビ。愛は地球を救う。

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年 8月26日(日)23時17分4秒
  毎年恒例の24時間テレビ・・・。
毎年、テレビを見ながら障害があっても頑張っている人たちの姿に感動と励ましを頂く。
私なんか、ちっぽけな悩みだなと思う。
私の主人は前立腺がんの診断をうけてからもう、3年になるが、一向に受診もせず健康診断も進めても受けてはくれない。
生きてるうちに好きなことをして思い残すことがないように、やりたいことを楽しむんだと言って、今日も北海道へ単車でのツーリングに出かけた。
毎年、四国・九州・北陸・東北・北海道と、よくあきないものだと・・・。
でも、元気で遊べるなら・・・。仕事も一生懸命して遊ぶ時は心行くまで・・・のようだ。
元気で旅行を終えますようにと祈るばかり・・・。

この夏、しんどくて体重もまた減った・・・。今年1月~12kgも減った。こんなこともあるんだな・・・。結婚した頃と同じくらいだから標準体重に近づいてきたと思えばプラス思考になるかな?(笑)
それでも食べていれば、なんとか動けるものだ。それでも、筋肉はやせても骨格はそうやせないものですね。(笑)足の力は弱ってきた。
立っているのが怖い・・・。足の裏のしびれが足首まで増えて来た。これは治らないのか?
今、一番よくなってほしいとすれば、足のしびれというか麻痺である。
お盆には徳島までお墓参りに帰ったが、でこぼこの石段は杖をついても辛いものだった。
来年もいけるのだろうか?
それでも、主人が連れて行ってくれるから有り難いことである。感謝しなきゃと思う。
この夏を乗り越えたら、なんとかよくなりそうな気がして・・・。
どうか、あと数年は仕事が続けられますようにと願うばかりの私です。
 

慢性腎不全との戦いの夏

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年 8月 8日(水)20時35分54秒
  今年の夏は猛暑続きで、私も健康との必死の戦いである。
先日、受診に行ったら主治医から脱水が目立つから熱中症に気をつけるようにと言われたのだが、もともとこの夏の暑さを乗り越えようと水分補給はもちろん、栄養にも気をつけてはいた。
ただ、蛋白制限があるので筋肉が衰え下肢筋力も低下しつつある。
この夏を乗り越えられたらと・・・、休憩も入れながら仕事に研修にと必死の毎日である。
慢性腎不全もステージ4に入ったら、なかなか回復は難しいと言われていたことが、診断受けて7か月もたつと、維持して日々の生活を有意義に生きるしかないんだ・・・と、そんなあきらめも出てくる。
ただ、人工透析だけは免れるように今の腎機能を維持しょう。
といっても、仕事の内容に関しては人を相手に触れ合うのだから、手を抜くということはできない。
心あっての仕事だから・・・。人様の幸せのお手伝いができるように誠実さを忘れず努力するのみ・・・。
先日、テレビで「すぐに体調が悪いから…」と逃げ口上の女性が多いと口論していたが、私も最近では、つい体調が悪いから・・・と口癖のように言っている。
周りが元気そうねと声かけて下さったら、そうか元気そうに見えるくらい元気なんだと良い方向に自分にいい効かせるようにしょうと思った。
いつも笑顔を絶やさず、気持ちよく人と接することができるように・・・。
明日から頑張ろう!!
 

生かされていることへの感謝

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年 7月13日(金)23時05分31秒
  今回の大雨の被害・・・。
なんと気持ちを伝えていいのかわかりません。
たくさんの死者も出て、家屋の全壊も多く、大変な思いをされていることでしょう。
私たちにできることは、遠くの地からではありますが、わずかばかりの寄付をさせて頂くことぐらいで、本当に申し訳ない限りです。

そして、今、病気で苦しんでいても今生かされていることがどれほど有り難いことでしょうか・・・。
今年の夏は、脱水を起こさないように気をつけてはいますが、この暑さは堪えます。
それでも、休憩しながら仕事ができることは有り難いです。

今日も、一人の利用者様がなくなりました。
一昨日に一緒に救急搬送して、昨日は元気をやや回復したのかなと見えたのですが、食欲もなく水分量も取れていなかったから体力がつきたのでしょう。
最後まで入院したくないと言っていたのですが、さすがに苦しかったのでしょうか「入院する」と言われ救急搬送しました。
人の死を見るたびに、本当に寂しくなります。
時には我儘も言って困らせることもありましたが、その時にどう心を寄せてあげられるか?

ご家族の苦しみも目の当たりにして、介護者がつぶれてしまったら悲しいことである。
本人と家族ともに不安なく生活できるように支援するのは、大変な力がいる。
支援者のほうが双方の苦しみに疲れそうになることも・・・。

医療や介護、地域の支援がどれほど大切か・・・。
悔いのない支援ができるように心をこめて尽くしたい・・・。
そのためには、私も健康に気をつける事。
何度か利用者さんから「無理をしないで、あなたが倒れたら私たちが困る」と言われることも・・・。
生かされている命に感謝して、なおかつ、人の役に立てる自分でありたいと切に願うものである。
 

自分との闘いのなかで

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年 7月 2日(月)23時10分12秒
  暑い日々が続くと、脱水には気を付けてはいるがしんどくて体が動かなくなる。
そんな中にも、友人から介護保険サービスを受けるにあたって相談を受けた。
担当はもてないが、無料相談ならいつでも協力しましょうと友人と一緒に過疎地のAさん宅を訪問した。
Aさんは43歳で人工透析を宣告されたそうである。
腎臓病は症状が現れた時にはかなり進行している。彼女のショックは想像以上のものであった。
緊急で入院となって、そのまま人工透析と言われ、病院の屋上の柵を2度よじ登り真剣に死を選ぼうとしたそうである。
幸い、病院の婦長さんに見つけて頂き命をとりとめ20年になるという。
この20年、なんとか自立生活をしてきたが、最近になって買い物も行けなくなった。
通院も人工透析以外にも脳梗塞や心筋梗塞、膝の変形と痛みなどあらゆる合併症も繰り返してきたそうである。
過疎地であるから通院にもタクシーで往復1万円はかかる。買い物も町まで出かけていくことも難しくタクシーでというわけにもいかなくなってきた。
人工透析を20年も戦ってこられた。周りが思う以上に苦しみは言葉ではいいつくせないと話されていた。
それでも要支援くらいかな・・・。
人工透析は最近では医療技術も進歩してきて、普通に生活できるものなのか・・・。

私も病気との闘いに「どうなるんだろうか?」と不安は隠せない。
次回の受診の結果が怖い!次回の受診時の採血が終われば、「ちょっとくらい美味しいものを食べてもいいだろうか?」「食べたい!!」
体重は半年で10kgやせた。もともとが肥満だったからあまり痩せこけたというふうには見えないらしい。(笑)それでも筋肉が減って、体のあちこちにしわがいっぱい・・・。

主人や子供たちからは仕事を辞めて自分の体を大事にしろ!と怒られている。
担当する利用者さんの中には、お互いに頑張ろうね!と励まし合う人もいるが、高齢でひときわ小さくなった利用者さんをみると、自分のことはさておき、「体を大事にしなさいねと・・・。
私の方が励まされてはいる。

ただ、ひとつ私は周りからは元気そうに見えるらしい。
いつも、久しぶりにあった人でも「相変わらず元気そうね}という挨拶が多い。
なんと返事していいのか苦笑い・・・。
笑顔だけは忘れずに生きることをもっとうとしつつ、いつも自分自身との戦いである。
 

ストレス

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年 6月10日(日)23時53分27秒
  毎日、食事療法に必死で取り組んでいるが、時として我慢できなくなる。
今日一日くらい食べ過ぎてもいいか・・・などと甘い考えに走ることもある。
ちょっと多めに食べたかなと思った日には、体が少し力がついたような気分になる。
それは、日頃食事制限に気をとらわれてカロリー不足になっていると体がだるくて仕方ない。
蛋白制限はあっても不足しすぎてもいけないし、当然エネルギーも不足しがちになる。

最近、市販の食べ物にも蛋白質0、脂肪0でエネルギーが適量入っているゼリーなどが目につき、ほっと一息・・・。美味しさはまぁまぁだけど、ちょっぴり満足・・・。

先日、定期受診の採血の結果が悪く腎臓機能が下がっていて、すご~くショックを受けた。
なぜ?食事療法も頑張っているのに・・・。
ただ、疲れが数日来続き、夜も不眠が続いた。
肝機能も高くなっていて、医師から「疲れのせいでしょう。」と言われた

ショックというものは怖いもので、気力が一気に抜けおちて、自宅へ戻ってから体が動けない。
しんどさが増して、パソコンに向っても座っておられず1時間ほど横になり、自分の気持ちを静めることとした。

自分の体をとうして、また、今案での経験から見えて来たものも含めて、ケアマネの仕事を続ける中で人の辛さや哀しさなどを受け止め残りの仕事にまた、私の今後の人生の糧にしていこうと思った。
ストレスにそのまま、負けてはいけない。プラス思考にきりかえてよくなることを思い続けて頑張っていこうと自分に言い聞かせています。
 

腎臓は万病のもと

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年 6月 5日(火)20時53分13秒
  慢性腎臓病と言われてわづか5カ月のうちに、いろんな障害に気付くことになる。
腎臓の造血ホルモンが少なくて貧血。カルシュームの吸収も低下気味で骨租しょう症にも注意。視力低下も急激に進んできた。先日、さすがに見えにくくなってメガネをつくったのだが、裸眼で0.1矯正しても0.3までしか見えない。体調が落ち着けば手術をしょうと思いながらも最近の視力低下は急激である。
それに鼻腔内の乾燥もここ3カ月は鼻汁が一滴も出ず鼻づまりが続く。これも腎機能障害にも関係あるらしい。
筋肉の衰えも気になるところである。
腎臓機能が50%を切ると悪くなるのは早いと言われている。
周りの人たちの中にも、今はどうもないと言っていてもクレアチニンが1.0を超えるようなら予防に気をつけるべきである。
初期に気がつけば改善策はある。
日頃から血液検査の結果にはしっかり目を通して↑↓矢印がついていたら、Drはたいしたことはないと言っても気をつえましょう。
 

食事療法の大切さ

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年 6月 1日(金)23時53分39秒
  私は慢性腎臓病となって、自分の身をもっていろいろと学ばせてもらった。
同じ薬を内服していても、食事療法にそって低蛋白食を徹底して気をつけることによって、血圧がだんだんと改善されてきた。
体重も少しずつ減量してきた。
最初はカロリーや水分も控え気味であったが、体のだるさが続くところで、水分やカロリーは確保しなければならないことに気付き、食生活をみなおしたところ、病気がうそのように楽になってきた自分に不思議さを感じている。
病気は初期段階のうちに健康管理に努めたら。後悔することもなく元気も取り戻せる。
腎臓のステージ4は回復は難しいが維持することはできると言われているが、改善にむけて頑張ってみたい。
時に目の前に美味しそうなお菓子があったり、美味しい料理を目のあたりにすると誘惑にかられそうになるが、ここは踏ん張りどころ・・・。人工透析にならないように命をかける思いである。
最近数日は、大変体調が安定しており、仕事や研修にも頑張れる!!と、期待している私である。
 

変換ミス

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年 5月26日(土)21時43分23秒
  すみません。数分ごとに・・・と書いたつもりが、吸う分ごとに・・・と。よくみていなかったです。ごめんなさい。  

低ナトリュウム血症

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年 5月26日(土)21時40分2秒
  医師によって検査結果からみる診断がかなり異なることを感じているこの頃である。
過去、何度か低NA血症をくりかえしていても、同じような値であっても入院して時間をかけて点滴で塩分を補う医師もいれば、大したことないですと治療の必要性を否定する医師もいる。
最近でも数人の利用者さんのデーターがかなり低く、一時的に意識消失して不穏がやまなかったり、いずれのケースも共通して状況は似ている。
3人の方に共通しているのは一時的に幻覚や物忘れ、頻尿、水分の過剰摂取、対応する方への攻撃などがある。そして、頻尿が著しく吸う分ごとにトイレ通いを要求する。
主治医に何度か質問をなげかけたが、様子見ましょうと言ってその状態は関係ないと取り合って頂けなかった。そして、「精神科の問題ですよ。」とまで言われる。
ただ、塩辛いものを食べなさいというだけ・・・。
といって、極端に塩気のものをたくさん食べれるわけもない。
水分の異常なほど飲む。控えるようにと言ってもおさえきれない。本人は今がはじめてとか言ってコップに繰り返しお茶を要求する。
家族も疲れてはて、食事量もへり、自宅では管理できないので入院をお願いすることにした。
平均的に「水分をしっかりとりなさいよ」と水分補給を進めているうちに、本人は飲まないといけないと思っていたのに、急に「水分を取りすぎたらだめと言われて、どうしろと言うのや」と怒るのもわかる。
不思議とこの3人ともにNaのほかにも電解質がいくつも低値であった。
水分の過剰摂取には注意を要すると思う。
医師間での判断基準もことなると、何を基準に自分の体を守ればいいのか難しい。

 

検診は定期的に受ける事。

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年 5月 5日(土)22時50分44秒
  検診とは、定期的に受けていると異常が早めにわかる。
特に基本検診は検尿もあるから、尿がでないのでといって、尿検査をはずすことのないようにしたほうがいい。
腎機能は悪いと分かった時には急激に悪化していくものだと実感する。
私もそうであったが、私が担当している91歳の女性もそうである。
日頃、血液検査結果はよく教えてくれていて、定期受診もきちんとうけていたのに、急激にクレアチニンや尿素窒素が上昇した。
もちろん、主治医もびっくりしてすぐに電話で再検査の連絡があったようである。
その値は、すでにステージ5であった。
この方は心不全で入院したこともあり、退院後も下肢のむくみが続き、利尿剤を投与されていた。むくみはとれたが、しんどさが続き臨時受診をした結果のことであった。
私は自分のこともあり、主治医の先生に腎臓内科に紹介状を書いて頂けないか相談してごらんとお願いした。
私ごときがおこがましいが、ケアマネさんも腎臓内科にかかっていると言ってもいいからとお願いした。
連休明けに受診されることになったようだが、一日尿量も300mlしか出ないとのこと。
この方は、ご自分から排尿ごとに畜尿しているとのこと。
私は自分のことよりもこの方の事が心配でならない。
91歳にもなると人工透析もしんどいのではないか?本人もそう感じている。

私も自分のことも含めてインターネットで腎臓病に関する情報を探してみた。
ステージごとの運動やマッサージ、栄養指導、なかにはマンガでCKDについて解説していたり、素人の方にもわかりやすい情報がたくさんあった。
明日、これらの情報を持て行くからと℡をし、お互いに頑張ろうね・・・。と。

ケアプランの広場におじゃましてすぐに「奇跡の手技を動画で公開」というのが目に入った。
CKDはいったん悪くなるとなおらないと書いてあることも多いが、東洋医学の奇跡もあることを私は信ずる。

もっと早くに定期的に検尿をしていたなら早期に腎機能が低下していることに気付いたであろうと残念でならない。
基本検診は本当に大事です。
今更ながら後悔・・・。
健康診断は2年前から抜けていた。それまでは糖尿病の関係から尿糖は要注意であったが蛋白尿は-であった。
この1年間の間にクレアチニンは1.0~1.2が続いていた。血圧も108~200(降圧剤を内服していても下がらなかった)しかし、毎月、受診はしていたが主治医は「どうもない」と検査値を軽くみていた。
検尿の結果がわかった時には、びっくり・・・。蛋白定量が3700もあった。
栄養指導のもとの低蛋白食を宅配してもらうようになって、体重も減量、血圧も少しずつ改善をみることができてきた。
腎臓内科の先生からは食事療法では追いつかないよと言われたが、人工透析だけは避けたい。
不安のために不眠の毎日でもある。
どんなに頑張ろうと自分に言い聞かせ、改善の道あれば、なんでも試みようと前進あるのみと思いながらも、不安はぬぐいきれない。
しかし、一人の利用者様の苦しみを前にして、一緒に頑張らねばと強く思った。

皆様、定期健診は毎年受けましょうね。今は半年に一回が義務付けられています。
自分のバカさ加減にあきれながらも、今からでも健康管理に向けて努力します。
 

母からの手紙

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年 4月29日(日)22時49分49秒
  今日、主人の母から「身の回りの整理をしていたらあなたのお母さんからの手紙が出て来たのよ。これはあなたに渡すべきものだと思う。」と手渡してくれた古い手紙・・・数十通・・・。
昭和55年から57年のものが多かったが、私の人生で一番、苦労をした時期かもしれない。
その手紙には、主人の両親への感謝の思いと主人や○○家のみんなへの感謝ばかりがつづられていた。
また、その手紙には、私が○○家の人達のやさしに包まれて幸せだといつも感謝していると便りにあるともすべての手紙に書いてあった。
私が腰椎分離滑り症の手術をして半年間も入院している間に、主人や子供たちの世話をして下さったこと。父が亡くなった時のご恩・・・。九州の叔父がなくなった時に我が実家から代表で葬儀に行かなければならなかった時に、子供3人と主人をおいて九州まで行かして下さったこと。また、堺の叔母がなくなった時にも父と一緒に通やに行かして頂いたこと。実家が姉の嫁ぎ先に騙されて訴訟に巻き込まれたが、私の力になって動いてくれた主人の行動を応援してくれたこと・・・、他にも私が嫁いでからも実家のことで限りなく温かく心をかけてくださったことなど・・・。そのたびに感謝の言葉いっぱいにつづられていた。
主人の母が今年7月で100歳を前にして、身の回りの整理を始めたことは感じていた。
その中で、私の母からの感謝の手紙を大事に持っていて、私に託したその気持ちは、私が今、病気のことで悩んでいることを知って、主人への両親への感謝の手紙はとりもなおさず、私を思う母の愛にほかならないことを私に伝えようと思ったからであろう。
私の母があなたを見守っているよ・・・と伝えたかったのでしょう。
この手紙を手にしたときに、父母の愛が感じられ涙があふれ出てとまらなかった。

偶然というか、今日は主人が西国33ヵ所参りの最後の観音霊場を終えて帰って来た。
主人がいつになく「今日は家族みんなの健康を祈願してきた。お前の病気も治るようにと賽銭を入れて来た。」という。
普段はめったにそんなことをいう人ではない。

母からの手紙を目にしたのが今日であって、主人の西国観音霊場詣りの最終の日といい、本当に母が見守っているのだろうなと改めて母への思いに触れた。
親とはいつまでも我が子の健康としあわせを願っているもの・・・。
それは、私もまたわが子への思いもまた同じ・・・。
しかし、この心が通じるのはまだ先のことかもしれない。
私は、心から亡き母や主人の母、そして主人、主人の兄姉、兄嫁達に心から感謝の思いいっぱいである。
 

病気に対する家族の理解

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年 4月28日(土)21時34分16秒
  今日、主人の仕事仲間の方が我が家に来られ人工透析の話になった。
その方も主治医から人工透析を進められており5月半ばの受診で人工透析をするかどうか決まるということであった。
それまでに何としても検査結果を改善して、しなくてもいいように今、必死で生活に努力を重ねているということであった。
医師によって、生活指導は異なるようである。
水分はしっかりとりなさい。運動もしなさい。
私は、水分を制限しすぎるとしんどくて半日動けなくなる。また、歩きすぎると足の筋肉がつっぱって痛くなり歩くのが辛くなる。
夜になると腰のだるさや痛みで寝苦しくて不眠が続く。これは、主人の友人と同じであった。
毎日の体の辛さは同じで、傍で主人が聞いていて、「そんなもんか・・・」と実感がわかないようで、なかなk病気の苦しみは当人や同じ病気で苦しんでいる者にしかわからない。
でも、今日、同じ苦しみで悩んでいる方の話を聞いて「頑張ればよくなる」と少し、心が軽くなった。
そして、主人が少しは私がしんどいのも本当なのか・・・と感じてくれたことが、心の支えにもなった。
私も5月中旬に教育入院をよていしているものの、どうか人工透析から免れますようにと祈る思いでいっぱいです。
今日の午後には、主人が温泉に行こうと三重県まで連れて行ってくれた。
病気は一人で悩んではいけない。家族や周りの支えがないと心を閉ざすことになってしまう。
病気に負けないように、希望を失わないで、自分の役割があることを忘れないで前向きに生きていきたいと思う。
 

検査結果を知り、勇気をもって質問すること

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年 4月20日(金)00時48分16秒
  私は、今年になって急激にクレアチニンや尿素窒素が高値になり、他の値もよくみると慢性腎障害に関連するものがみんな高値であった。
主治医には、大丈夫ですか?と質問したが答えは「血圧を下げましょう。他は維持していけるように」と診察ごとに繰り返すだけ・・・。
しかし、ネットで調べると腎障害ステージ4で、紹介状もお願いしたが「そこまで必要ないでしょう」という答え・・・。
それでも、自分自身は納得できずに腎臓専門外来へいくことにした。
今まで貧血も悪くなってきていたが、それがいかに重要なことであることも、今になって気付かされ、コレステロールも高いままに、主治医も「高いなぁ」で済ませ、総合的に末期に近い状態になってきており、もっと早く適切な治療を求めるべきだったと後悔・・・。
専門外来の医師は、在宅医の紹介基準というものがあって、とっくにそれを超えている。
在宅医には、もちろんご自身の医師としての信念もある故だろうが、専門医との連携をもつ勇気を正してほしいと思った。
高齢者の方々や家族においては、医療知識が十分でなく疑問を問い正すことなど難しいことだと思う。
ケアマネの責任としても、利用者の医療情報を知り、主治医との中に入って疑問を投げかける勇気が必要だと、今更ながらわが身をもって強く感じたものである。
今は、自分の情けなさが悔しい・・・。
ただ、主治医には申し訳なかったが強引に自分の判断で専門外来に行ってよかったと思っている。
糖尿病は安易に考えてはいけない。糖尿病からくる合併症の怖さ、糖尿病性腎症・腎臓障害からくる貧血や脂質異常、気付かずに心臓もわるくなってきつつある。
来月は検査かねて教育入院を予定しているが、なんとか今しばらくはケアマネの仕事を継続したい。今は食事療法にも厳しく守って、どうか仕事の責任が果たせますように・・・。
自分自身の経験が利用者さんの健康回復に生かせるように、医療との連携の大切さを思います。
特に今回、かかりつけ薬局の薬剤師さんの助言に助けられたことはいうまでもない。
薬のことは医師よりも薬剤師さんは薬の専門医でもある。
 

3割負担で考えること

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年 4月11日(水)23時12分20秒
  ある利用者様は現在、2割負担だが、利用しているのは特殊寝台と特殊寝台付属品のみである。
最初は、介護ベッドを購入したいと言われていたが、95歳という状況の中でレンタルのほうが負担は少ないかなということで利用が始まった。
しかし、今度の改正で3割負担は免れない。
1か月の利用料が5000円近くもなれば1年で6万円。
96歳・・97歳と・・元気でいて下さったらいいが、複雑な思いである。
腰や足が不自由だから特殊寝台は必要だし、しっかりしたものでないとかえって危険だし安い買い物というわけにはいかないから・・・。
この方は、レンタルの継続か購入を選択するか?

 

介護報酬改定の中でのアセスメント

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年 4月11日(水)22時48分24秒
  ディサービスでの加算について、追加したものについては当然アセスメントが必要となる。
きちんとしたディサービスでは、口腔ケアにおいても担当者会議やアセスメントを求めてくださるところもある。
今までも加算のあるものには当然、ケアプランに内容があってしかるべきであった。
栄養指導や口腔ケアにしても、本人の課題があってこそプランが変わるものである。

そこで、あらためて歯磨きを自分でされている利用者さんがどれだけ口腔内の清潔を保たれていたかが反省の過程となった。
ヘルパーさんは準備・片づけをして下さっているが口の中まで確認する時間もない。
ディサービスにて指導・助言・ケアを行って頂けることは大変ありがたい。
ただ、サービス利用負担が増えることが辛いところではあるが・・・。

高齢者の方々は国民年金の方も多い。
貯蓄がないと、生活していくのも大変である。
要介護度の重い方には、ディサービスの自費負担やショートスティなどの負担を考えると、介護にかける費用は年金ではとても賄えない。
子供さんたちが援助して、子供さんたちの生活まで圧迫している。
必要なサービスにはお金がつきものだから仕方ないと言われる方もいるが、親子共倒れにならないように願うばかりだ。

私の担当者さんの中にも、介護者の生活を案じる人たちがたくさんいる。
従事者の給料も生活に関わるから基準が上がるのは致し方ない。
福祉制度で支援できることがもっともっと必要になってほしい。
 

自身の体の状態から周りがみえる

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年 4月 2日(月)00時18分7秒
  私は今回、体調を悪くして、病気にたいする知識や健康管理への意識付けが見えて来た。
検査結果が出るたびにインターネットでこと細かく調べる習慣もつき、Drへも疑問を問うことも増えて来た。
また、医療連携のしくみの中にもDr間の立場を侵してはならない関係があったりして、かかりつけ医の治療方針に疑問を感じていても直接指摘はできないものなんだなと感じる。
時に誰を信じたらいいのか・・・?
ただ、適切な検査をして、その結果を正しく判断してもらえる病院を選択できる勇気をもつことも必要ではないかと思うのである。

医学にも西洋医学や東洋医学それぞれに評価も得られるが、なかには漢方薬は使いませんというDrも中にはいたり、針灸治療は指示を出さないとかカイロプラスチックの評価をしないなどと言われるDrもいる。
私は、医療連携のなかには東洋医学の分野の関係者は入っておられないような気がする。
私はカイロプラスチックに通って、糖尿病が治ったと言っても過言ではない。
脊髄には120の病気に関する神経があると聞いた。
慢性腎臓病スケール4だと言われたが、少しずつ回復してきている。
最初は半信半疑であったが、奇跡というものはあると感じるのである。
まだまだ働きたい。
気力で頑張りたい。病気も気力がふっとばしてくれるような気もするこの頃ではあるが・・・。
 

介護報酬改正のなかの利用者からの意見

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年 4月 1日(日)23時45分2秒
  今回の介護報酬改正で、ディサービスにて口腔ケアを算定するところが増えて来たのだが・・・。
早速利用者さんから意見があった。
この事業所は3月から口腔ケア加算をとるようになったのだが、隔週に口腔ケアの指導を書いたプリントを個別に説明するのみだが、読んで聞いてもわからない人が多いと思うとのこと。
まして、その方は、日常に自身で行っており、歯科受診を定期的にしていて、口腔ケアの指導や実施をしてもらっている。
利用者全員に同意を得て算定しているようであるが、口腔ケアとは実際に行ってもらってこそ意味があるのではないか?との意見に私もそう思う。この利用者さんは「私には必要ない」と話されていた。

ほかのディサービスでは、月に2回歯科医や歯科衛生士が訪問して、口腔内の状態をみて指導・助言してくれているところもある。
本来、そういうものであるべきであろう。

先に述べたディサービスでは、看護師さんが説明をするだけとのこと。
認知症の方などには意味がわからないだろうと話されていた。
基本報酬が下がるから、加算をつけないとやっていけないと事業所の方が説明されていた。
もっと、内容のある形にしてほしい。
 

体重

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年 3月16日(金)23時21分45秒
  最近、体のむくみ加減は体重の増減でよくわかるようになった。
健康な時では1kgの体重の変化はわかりにくいものであったが、「今日はなんだか体がすきっとした感じだなぁ」と感じた時には体重が1kg減っている。
浮腫みもすくない。
水分制限や塩分・タンパク質の制限を気にしすぎていると、医師から「もっと塩分やたんぱく質をとっても大丈夫です」と言われて検査結果にほっとしたり・・・。
しかし、心臓もエコー検査で少し負荷がかかっている心室や心房もあり、適度な運動にて体重減少も努力の必要あり。
自転車に頼らず歩くことも努力しょう。
血圧は朝と寝る前の値がやや下がってきた。といっても170前後・・・。日中は200前後になることも度々・・・。かなりしんどくなるが・・・。
かかりつけ医に内緒で、自分の選択で専門外来へきたものだから、紹介状の返信というわけにもいかず、どう切り出そうかと悩む。
やはり、最初に勇気をふりしぼって必要ないと言われても、もっと強く勇気を出して紹介状をもらうべきであった。
将来において専門外来とかかりつけ医の連携をもって治療を進めて行くべきだと反省・・・。
私としては腎臓内科の医師にお願いしたいと思っていたのだが、大きな病院には、内科一つにしても細かくいくつもの専門分野がある。
循環器に関することは改めてかかりつけ医から紹介状をもらいなさい・・・???
心臓エコー」は「腎臓内科から心エコーの指示を出すのも可笑しいが検査指示をだしとくわ」といって検査を受けさして下さったのだが、これ以上は担当外のようである。
病気は精神的ストレスが一番のネックである。
それでも、自分の体は自分の責任、病気とともに前向きに改善策を探して努力あるのみ・
 

セカンドオピニオン

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年 3月 8日(木)20時45分32秒
  かかりつけ医の判断と専門医の判断がこれほど違うものか、身にしみる思いであった。
先日、利用者さんの付き添いで病院に行ったはずが、私自身が倒れて付き添いを交替してもらうはめになった。
そこで、総合診療の受診をうけたのだが、私の記憶のなかのデーターではあったが、相談すると腎臓の専門外来へ行きなさい。
かかりつけ医から情報をもらって受診するようにと・・・。
主治医に相談したが、まだ大丈夫だよ。血圧のコントロールを考えましょう・・・??

それでも、顔のむくみはとれず、足のむくみも継続、ふらつきは続く。
主治医に申し訳ないが、私の手持ちの資料をもって受診することにした。
人工透析のことを考えておかないといけないと言われた。
それに心臓がかなり悪い。
今迄、心臓の検査でBNPでは正常にもどっていたが、NT-proBNTは1620で正常値の10倍の値だと言われた。
いつも、胸が苦しくなることを訴えていたが、大丈夫だと説明があった。
夜間に苦しくて不眠となることも多々ある。

また、タンパク尿は3700もあって、まさに重度の腎障害におよんでいるとのこと。
腎臓は血液検査ではわからない。尿検査にかかっているとのこと。
今日、思い切って受診してよかった。
今後の身の回りのことも計画的に考えて行かねばならない。
腎臓は悪くなったらもとに戻らないというが、そんなことはないと信じている。
幸い、値の割には腎臓の萎縮はそれほど進んでいないとのこと。
健康への望みをたくし、食事療法も厳しくみつめなおし、普通の生活が継続できるように努力あるのみ。

不安を抱えた時には勇気をもって専門医の扉を開こう!
まだ、私に課せられた仕事が残っている限り、業務量を縮小しながらも責任を果たしたい。
 

薬の怖さ

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年 2月18日(日)00時03分39秒
  今年に入っていろいろ検査をするたびに異常な値にびっくりの繰り返しである。
血栓や血糖、心臓の値はとてもよくなったのに対して、わずか1カ月で腎機能障害が重症に値するという。
クレアチニンは1.68 尿素窒素が34 eGFR(CRE)が25.8 重症度でいうと5段階のうち4段階に値する。
その原因は定かではないが、心臓血管外科のDRがいうには薬の影響かもしれない。かかりつけ医にすぐに相談しなさいと言われ具体的には指摘されなかった。
近所の薬剤師さんに血圧と全身のむくみや薬の流れを聞くと、血圧の薬や利尿剤の薬の量が多すぎる。腎機能障害がどんどん悪くなる。しっかりと検査をすべきと進めてくれた。
かかりつけ医からは、糖尿病からくる腎機能障害だと思うが、血圧はできることなら現在の状態をもっと下げたい。
利尿剤を中止して腎臓を保護する降圧剤を追加しましょうと指示されてた。
アダラート40mgにアルダクトンA20mg・・・。
薬はできるだけ最小限に留めたいので風邪薬も飲まないように健康管理を図ること。

あるDrの意見では、薬は飲まない方がいい。
高血圧が続いたり、腎機能が低下しつつある時には、まず体を休養すること。
食事や水分も含め食生活を改めるだけでも初期なら改善策はある。
薬は最後の手段だよ・・・と。

しかし、薬というものは飲んでいると、やめるというには勇気のいるもので、まして血圧がなかなか改善できない時には少しは必要となるだろう。
まったく中止するというわけにはいかない。
かかりつけ医のDrも薬の影響もわかっているから利尿剤は中止して、腎臓の血管を広げて負荷を守ろうと選択されたのであろう。

今は、サプリメントも吸収する力もないだろうから飲むことをやめたほうがいいだろう。
これ以上に腎臓への負荷をさけるようにしなければならない。
風邪薬も飲まないように・・・と、こんな時に限って喉がやや不快感。
今回の状態の悪化のきっかけは12月に風邪をこじらせてからである。

病気と付き合いながら仕事も継続できるように、そして生活に楽しみが持てるように・・・。
まだまだ山あり谷あり・・・かも・・・。
 

元気を取り戻すべく、頭への刺激を得る。

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年 2月15日(木)23時38分34秒
  しばらくの間、仕事をしながらもゆっくりペースで最少限のことをしながらも、体が思うように動かない日々であった。
しんどいから研修も不参加がおおかったが、今日は久しぶりに小さな勉強会ではあるが、内容は濃い定例会の学び。この勉強会はほとんど欠席でした。
友人からの電話で参加したが、栄養マネジメントの必要性や自治会活動でがんばっている友人の話なども聞かして頂き、現在、求められている地域包括ケアの在り方などの参考にもなった。

今度の介護保険制度改正のなかにも低栄養のアセスメントなども必須となってくるなかで、一部都道府県には栄養ケアステーションができてケアマネや一般市民からの相談を受けているとのこと。
いずれ、認定栄養ケアステーションをめざし、介護報酬がとれるまではいかないが、今後の活動が注目されると思う。
来月の勉強会のテーマも低栄養の問題をお話下さるらしい。
できるだけ参加したいと意欲をかりたてられる思いである。

また、他の友人は自治会の会長をされていて、地域でコミュニティソーシャルワクを勉強していこうと計画しているらしい。
私は以前からコミュニソーシャルワークは専門職だけのものでなく、地域住民の中にもコーディネーターが増えて行くべきと思ってきた。
地域包括ケアが今、やっと、地域住民を巻き込んでの支援の在り方がとわれるようになってきたが、一般市民にもわかりやすく地域での助け合いの大切さを広めていかねばならない。

最近では主任ケアマネの更新やケアマネの資格更新など、「いつまで続けられるものか?}との迷いがあったが、もう一度元気を取り戻して地域に役立つ自分を取り戻したいと思う自分があることをかみしめる・・・。
それには健康あるのみ。健康の有り難さがみにしみるこの頃である。
まだまだ本調子ではないが、一応、時期更新まで責任が果たせられるように目標をかかげ無理しないように自己研さんをめざして頑張ることとしょう!
 

検査結果の誤差

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年 1月15日(月)00時21分16秒
  一時はFDPとDダイマーの値が異常に高くてびっくりしたが、再検の結果では、採血時に血管が出ず苦労して採血1た時にはスピッツの中で凝固していたために異常値となってしまったようである。
しかし、下肢と顔の浮腫の原因がつかめず、かかりつけ医からは、今迄の薬をすべて変更することにされた。
利尿剤を2種類追加して血圧降下剤も少しきつめの薬に変更した翌日には、血圧は180代から下がらなかったものが、いきなり140~130代になったものの、その翌日からはまたしても170代が続く。
利尿剤を使用した翌日には、体重が1日で2キロ減って浮腫も少し軽減・・・。
多量の排尿に対して、いきなり水分の排出があったのに比較して、逆に水分の補給が追いつかなかったのも原因しているのではないか・・・?
血圧の急激な変動はかえって頭痛を起こし、吐き気も伴い、不安を促すもとともなってしまった。
お正月明けてからはしんどくて寝て過ごすこととなったが、一人で悩むとうつ症状になりそうで、高齢者で病気と闘っている人たちの中にもうつ症状になってしまう方々も多くいて、まわりの助言が救いのもとともなる。
今回、3か所の医師に診てもらったわけだが、検査データーからの判断はみんな違った。
心臓と腎臓が悪いから今後、くわしく検査して浮腫の原因を経過みていくように・・・。
これくらいでは大したことはないから薬の調整にて様子見ましょう。
紹介状に造影CTを依頼したが、下肢エコで血栓はないから必要ない。紹介医はエコーでは見えない部分を検査してほしかったようである。
とにかく原因がわからず弾力ストッキングで経過みることとなった。
友人が東洋医学を紹介してくれた。
整体によって人間の体に不調をきたすことがよくある。
以前に自転車で転倒した時に顔のむくみが長く続き、その後、堤防から転落した時にも顔のむくみが続いた。
頭部打撲はないと思ったが、なぜ、こんなにも顔がむくんでしまったのか不思議であった。
整体師によると、頭蓋骨がずれていて頭への血流が悪くなっていて集中心がわいてこない。
腰の骨盤の左右差なども下肢の痛みなどの原因になっているとも言われた。
それが正しい診断かどうかは信じてみることも自分自身の助けともなる。
体のしんどさがあるだけに、なにかにすがりたい・・・。よい治療方法があれば試みてみたい。
いつまでも安静にしているわけにはいかない。
とにかく、体の回復めざして頑張ってみたい。
 

気付きが遅かった?

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年 1月 6日(土)21時42分46秒
  昨日、あまりにも下腿のの浮腫が増し痛みも伴い、座れなくなった。
これは、もう限界・・・。とばかりに血管外科の専門外来へ受診。
血液検査をして来週に再受診と帰宅したが、今朝、クリニックより至急に来院するように連絡が入った。
あまりにも異常値にて血管エコをしましょうということでした。
下肢に血栓はなかったものの、FDP値が952(普通5~7)
きっと体のどこかに大きな血栓があるはずだとのこと。
Dダイマーも高値。
下肢は座ることはできなくなっていた。痛みも少しはある。
座ると下腿への圧迫は痛くて避けきれない。
連休明けに大きな病院へ紹介状を持って受診することになった。
最悪、数日の留守中の仕事の片づけをしておかなくてはならない。
朝のボランティアもちょうどよい区切りというか自力を発揮する時かもしれない。
明日の朝、本人に説明して、相談することとする。
ちょうど、自立へのきっかけの時であったかも・・・。
 

明けましておめでとうございます!

 投稿者:すみれ  投稿日:2018年 1月 1日(月)00時08分28秒
  新年明けましておめでとうございます!
今年も新たに迎える事ができた幸せを深く感じている私です。
昨年を振り返ってみると、自分のことを省みず、ただひたすら利用者様の幸せを願い駆け抜けた一年でした。
しかし、今、健康あってこそのしあわせをもう一度、心に刻み込みたいと思っています。
正直なところ、よく倒れずに頑張ってこれたなと思いますが、その陰には家族の犠牲もあり、まわりの方々の支え合ってのことだと深く感謝しております。
昨年の暮れには、友人が夕食に誘ってくれたのですが、行ってみるとなんと美味しい伊勢えびのごちそうざんまい。そのうえ、そのあとには天然温泉に招待してもらってラジュウム温泉にの体の芯までぬくもりを感じ、何年ぶりにこんな楽しいひと時を得たのだろうと友人に感謝でした。
彼女から「たまには自分のための時間を使いなさい。心から楽しいと思える休息をとりましょう!」と、今年の抱負にしなければと心新たに思った次第です。
自分が健康で幸せでなければ人の幸せも支援できないのかもしれません。
昨年に続けて早朝のボランテァは続けますが、そのためには早く寝る習慣をつける事。
一年間不眠との戦いだったような気がします。
最後は顔も足も腫れて、これは要注意を越してしまった。
健康の回復に努めながら、余暇を大切にして家族のためにも安心してもらえる体をつくります。
ケアマネの仕事をいつまで続けることができるか、私の健康との戦いです。
きっと、いい年になることを信じて、頑張っていきたいです。
松本先生、いつもこの場をお借りして有難うございます。
いたらぬ私ですが、これからも更に前進できる私を信じて努力してまいります。
本年も宜しくお願い申し上げます。
 

新年明けましておめでとうございます

 投稿者:管理者  投稿日:2018年 1月 1日(月)00時00分42秒
  管理者の松本です。

新年明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い致します。

いよいよ、2018年度改定は、介護報酬・診療報酬同時改定であり、地域包括ケアの深化・推進に向け、医療と介護の連携、地域共生社会、負担能力に応じた公平な負担、給付の適正化、自立支援・重度化防止を進めるためのインセンティブも進められて行くと想定されます。

一方、総合事業(介護予防・日常生活支援総合事業)の全国における完全スタートとなりますが、現状でも、総合事業のサービスメニューの市町村格差は大きく、また、居宅介護支援事業者の指定権限が市町村に移行する等、「市町村(保険者)の時代」となることで、市町村格差の課題も更に大きくなって行くため、都道府県による市町村への支援(補助事業等)も、拡大されると思われます。

「地域づくり」は、国や都道府県、市町村行政サービスだけでなく、地域での近隣住民の声かけや、公民館活動、商店街による宅配と見守り等のインフォーマルサービスとの連携に必要性が更に高まると考えられます。

そのことは、すみれさんの書き込みを拝見して、多くのことを学ばせていただいており、改めて感謝を申し上げます。これからも、末永く、よろしくお願い致します。

皆様のご活躍、ご健勝をお祈りしております。
 

その人にとっての目標達成は・・

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年12月24日(日)00時06分28秒
  朝に意気揚々と出かけて行ったSさんが夜にはお風呂で倒れていて、なくなった。
この方は、日頃はあぁでもない。こうでもない。と、なにがしたいのかまわりを振り回すことの方がおおいひとであったが、昨晩、私が電話で「明日の朝は早いですよ。寝過ごさないように」と確認を押すと、いつになく明るく元気な声で「はい。明日は宜しくお願い致します。」・・・。
まか、なんと元気な声だなとびっくりしたくらい・・・。
今朝、6時半頃に本人の家の前に行くと、うす暗い中から「おはようございます。今日は宜しくお願い致します。」とリュックを背負って歩いてきた。服装も大祭の為の正装であった。
今日は、この方にとって人生の最大の目標達成の日であった。
信仰しておられ、今日の大祭にでることが生きるあかしのような思いであった。
歩くのもやっとなにに電車を乗り継いで他府県の大祭会場へいくことはかなり危険なかけであった。
私は電車に乗せてほしいと家族から頼まれたものの、まず一人では無理と思い、この方のかつての願いであるなら一緒に付き添っていこうと決心した。
会場のある駅には家族が待っていて、電車を降りるまでのことであったが、今までみたことのない嬉しそうな笑顔で元気よく出かけて行った。
しかし、夜に突然、娘さんから電話で彼女の死をつげられた、
警察の検死もあり情報を伝える為に救急搬送の病院へかけつけた。
娘さんと話をしていて、「今日は母にとっては人生最大の目標をなしとげることができた。」「これも○○さんのおかげです。」と感謝の言葉をかけてくださった。
この方とは2年間のお付き合いであったが、今までで一番かがやいていた。
私は、人の生き方は人それぞれにたわいのない事のようにみえても、その方個人にとってはすごく大きな目標であることを教えて頂いた。
結果的には、この方の生きる目標に寄り添えるお手伝いができたことを素直に喜んだ。
突然に死は悲しいことであっても、悔いのない人生のお手伝いができた。
ケアマネの仕事の中で、制度の中で動くだけでなく、利用者さんの困りごとに真剣に向き合う。
「やりすぎだ」とよく言われるが、人の人生の喜びは制度の中だけで片づけられるものではない。
人の心なくして介護はなりたたない。これはmasaさんの教訓であるが、そのとおりである。
私の支援の中身はかなり過酷な私自身の戦いも多い。
体もぼろぼろになりそうでも、なぜか元気に見えるらしい。(笑)といっても、健康は命、大事にします。
 

腹を立てたら災いのもと

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年11月27日(月)01時01分3秒
  いつもはあまり腹をたてない私ですが、昨日はささいなことで主人に反抗したのだが、その結果は・・・。
川べりの道は明かりがなく民家の明かりのみにて足元が見えない。
自転車のライトはあってもふと気付いた時には自転車の車輪が道からはずれ堤防の斜面に・・・。あわててハンドルを切ったが遅かりし・・・。
幸い民家のある斜面にであったので、地面の上に枯葉がいっぱいあって、それほど強い衝撃はなかった。
わずかの擦り傷と打ち身だけで済んだのだが、3メートルほどの急斜面では自転車が上がらない。
男の人が子供たちととおりすぎたのだが、私の姿はみえず、子供たちの声で通り過ぎて行った。
あぁ~どうしょう!主人に電話をしょうと思ったが、悲しい事に携帯を忘れて来た。
そこうしているうちに犬の散歩をしていた女性の方が気付いて、私に犬を捕まえていて下さいといって、斜面の下へおりてきたが、一人では無理であった。
こういう時は電動自転車は重い、びくともしない。
またしも、もう一人自転車で通りすがりの方が立ち止り、二人で土手の上へ持ち上げてくださった。
本当に有難うございました。
あらためて、日頃はなんでもまぁいいか・・・と受け流す私なのに、どうして腹を立てたのかというと、笑い話でもある。
主人に頼まれた薬をかってきたが、うっかり瓶に入ったもので5日分で4000円もする。
「おまえはアホカ?」「錠剤と交換して来い」というが、遠いお店であったので、夜も更けて来たし、明日でいいかな?と返答したものの、「今から交換してくるわ」と捨て台詞をはいて飛び出した。
自転車に乗っても、少し怒っていて前をよくみていなかった・・。
これが、冷静で話し合ったんなら、こんな事態にはならずにすんだであろう・・・と反省。
薬局へ行くのをやめて自宅へ戻ったら、また、怒られた。
「足元を見ろ!背中も枯葉だらけやろう。掃除機かけろ!」・・・。
「何してきたんや!」と一括。娘が帰ってきたら、「お母さんは堤防から転げ落ちたんやって。あほやなぁ・・・。」まぁ、これは大事にならなかったから笑い話で終わった・・・という意味合いもある。
この時には、自分自身が勝手にすねて行動したから、素直にごめんなさいと謝って明日交換してくるわと言えば円満に治まって出あろう。
これからは、腹を立てそうになったら一息ついて笑いで返そう・・・(笑)
幸い打ち身の痛みで湿布でまにあったが、今日は、自転車に怖くて歩きになりました。
歳も歳だから用心しないといけないですね。
朝の連続テレビ小説の「わろてんか」のように、いつも笑顔の○○さんと言って頂けることを誇りに思って明るく生きて行こう!!
 

お久しぶりです。

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年10月28日(土)00時35分13秒
  ここ数カ月は、めまぐるしく緊急対応が続く。
朝の6時に三か所から緊急電話。夜も遅くに病院へかけつけること毎日・・・。
日中も居眠りが続き、「もう、そろそろ限界かな・・・」と一人悩む。
それでも、気を取り直して「まだまだ頑張ろう!」・・・。
本人・家族の悩む姿をみると、なにかできることはないのかなぁ・・・。と考え込む。
いつかは私のケアプランを引き継いで頂かねばならない時がくるだろう・・・。
プランを減らしていきたいと思いつつ、依頼があるとついつい受けてしまう。バカだなぁ。
それでも、昔、ご主人のプランを担当していた方から奥様のプラン依頼がくると、至らない私のことを覚えて居て下さったことには嬉しくも思う。
疲れもどこえやら・・・。(笑)
さぁ!明日っまた元気に働きましょう!
 

夏の疲れかな・・・?

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 9月15日(金)00時12分11秒
  昨日、今日と久々の「疲れたなぁ・・・」と実感・・・。されども利用者もまた体調不良になり私もまた駆けずり回る日々が続いている。
季節の変わり目というか、朝夕と日中の温度差も大きく、一番疲れやすい時期なのかもしれない。
でも、「無理をしないでね」と周りの人たちから声を頂けども、目の前の困っている姿をみたらほっとけない私・・・。
朝がしんどくてボランティアといえども休むわけにはいかない。
朝、4時半に起床して家族のお弁当と朝食の準備をしてから1時間ほど利用者さんのところへいくんだが、ここ数日は「あと5分・・」また、後5分・・・と二度寝三度寝しているうちに「あっ!間に合わない。お父さん、帰ってからお弁当をつくるから・・・ごめんなさい!」と飛び出していく日が続いた。
しかし、娘のお弁当はすでに遅し・・・。
日中も眠気と体のだるさが残っている。
それなのに、体重は同じ・・・??(笑)

今日の午後に小グループでの勉強会に参加、今月は私が資料を準備してお話しする当番であったが、説明内容はまとめきらず、昨夜に遅く帰宅してから資料のみ印刷してかろうじて責任を果たせることができた。
久しぶりの参加だったので、私がこの夏どれだけ熱い日差しの中を駆けずり回ったかが一目でわかるわと言われた。
今までで一番真っ黒な顔と手・・・。自分でも「今年の日焼けは最高だろうな・・・」とつくづく・・・。
体がどんなに疲れようと、仕事は待ってくれない。
主人も毎日外での仕事。それも力仕事も多い中、しんどいだろうな・・・
「今日は早く寝ようか・・」お疲れ様。

私も明日の朝も早いから寝ようと思いながら、一日のしめくくりでパソコンの前に座ったらふと一服したく「ケアプランの広場」へおじゃました。
体を休める浄化作用のような場でもある。
今日の勉強会では、私が聴講したジンポジュウムのなかで特に印象深かった「パーソン・センタード・ケア」についてのお話と、北海道のmasaさんの「心なくして介護は語れない」のご紹介をさせていただいた。
今、一度、高齢者や認知症の方のコミュニケーション技法を思い起こし、心ある対応を心掛けることとしたい。
心に元気をとりもどすことで、元気もまた得ることでしょう。
「ファイト!」「ファイト!」
この言葉、昔・・・母の入院先の病院で長女がまだ3歳だった頃「ファイト!ファイト!」と病院の廊下を駆けずり回っていた姿を他の患者さんたちも見ていて「元気が出るわ」とみんなで笑った・・・こともあったなぁ・・(笑)
いい思い出は元気の源にもなる。まだまだ倒れるわけにはいかないんだ!
 

排泄ケアのあり方を問う

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 9月 2日(土)21時08分29秒
  肺炎で入院したHさんをお見舞いにいったところ、付き添いの家政婦さんとご家族が「こんなことあり得ない!」と憤慨していた。
完全看護をうたっているこの病院では、オムツはレンタルすることになっていて、オムツ交換は介護員がすることになっている(このことは問題ないが)
本人が大声を出して周りに迷惑をかけるので付き添いをお願いして個室対応で入院しているのだが、排尿がたくさん出たら当然のごとく家政婦さんはオムツ交換をしてあげたいのでオムツを詰所にもらいに行ったところ、時間がきたらオムツ交換にいきます。
オムツは長時間吸収して、時間がたつと不快感も感じないようになっているから、出るたびに交換する必要はない。それが当たり前に思われては人材がすくないのに夜間とか困ります。という返事。
付き添いがついているからこちらで交換しますからオムツを部屋に置かしてもらえませんか?といっても、病院の規則だという。
ご家族が「あなた方は排尿がたくさん出た時の不快感をわからないのですか?」というと、病棟看護師長が「オムツ体験もしていますからわかっていますよ」という。
この言葉に私も我慢ができず、オムツ体験を何回したかわからないですが、排尿が分かっている方がどれだけ不快なものかきれいになるまで不穏はとまりません。
なぜ、大声を出して体動が激しいのか、その原因を考えてあげられないですか?
そして、皮膚疾患でシーツが敷き・掛布ともに血だらけになっていて、あまりにひどいので「こちらでシーツを交換さして頂くからシーツを頂けますか?」と詰所へお願いに行ったところ、「こちらの仕事ですから・・・」と言って数人のナースがシーツ交換にきた。
オムツのこともかなり抗議したこともあってか、そのあとは何度かオムツ交換の声かけもあったのだが、ご家族は他の病院を探したいと真剣に思っておられた。
私からも病院の相談室へ改善の申し出をすることとする。
排尿が分かっていればその都度、パットだけでも交換したい。当たり前のことではないか?
オムツが長時間吸収するからオムツ交換の必要ないなんて、そんなのは看護の基本に反すると思う。
「オムツがもったいない」なんて説明があるなどと、全くもって悲しい事である。
病院がきれいになっても、中で働くナースや看護助手さんのサービスの質が改善されなければきれいな病院になったねなどと決して喜べない。
介護保険には自己評価というものがあるが、医療での病院評価は第三者にゆだねることはできないのだろうか?
自主的に病院の質を高めるべく評価機構の参加をしている病院もあるが、まだまだ現実は悲しいものである。
 

愛猫ちゃんの死

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 9月 2日(土)00時09分4秒
  我が家の家族の仲間入りをして16年・・・。
今朝、○○ちゃんは息を引き取った。
とても穏やかな最後であった。
今年に入って乳がんの手術を2回もしたが、再発は1カ月もないまま、何度か臨終を繰り返しながら・・・。
人間でもターミナルケアが問われる中、猫の世界でもここまで手当てをしてあげればいいのか、言葉がないだけに苦しい選択であった。
主人の思いが強く、点滴も繰り返し、最後は癌性胸水がたまり穿刺して水を抜いたり、抗生物質を投与したらい・・・。
もう・・・そっと眠らせてあげようよ・・・と悩みながらも、少しでも笑顔が欲しいと・・・。
それは、人間の勝手な思いではないかと迷いながら・・・。
何よりも今回の猫の介護で知った主人の優しさ・・・。
口から水も飲めない・・餌も全く食べれない○○ちゃんに、1滴ずつの水を口へ落とし、自分の指先に缶詰をつけてなめさしてあげるその姿に、びっくり・・・。
かわいくてたまらない思いが伝って来る。
夕方になって、○○ちゃんのいない我が家はなにかぽっかり穴があいたような・・・。
ふとどこからともなく飛び出してくるんじゃないかと二人で話し合っていました。
猫も人間も愛情にかわりはない。
ただ、思うことは、○○ちゃんがいたからこそ、夫婦の会話もとだえることなく、今の平和があるのだと感謝するばかりです。
当分、さみしくてたまらないだろうな・・・。
 

友人の姿に励まされて・・・

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 8月30日(水)22時09分39秒
  介護保険開設当時のケアマネの仲間と久々に会うことになった。
彼女は勉強家で探究心が旺盛でいろんなことに幅広く挑戦し、次はなにをに取り組むのだろうかと私の方が聞いてドキドキするような人である。
ケアマネは一時的に応援の形で働いておられ、専門は障害者教育が得意で養護教諭などもしていて、今は医療福祉の大学の実習講師をしているようである。
久しぶりにあった姿には大きなリュックを背負い、私が持たせてもらうと持ち上がらないほど分厚い教本がいっぱい詰め込んでいた。
その教本に中には赤線がたくさん印していて、ノートにはポイントがまとめられていた。「これ、みんな覚えているの?」と聞くと、「難しいわ…!逆にどう思う?って生徒さんに質問しないとね・・」と笑っていた。
性格は全く逆なのに、不思議とひかれる彼女の姿・・・。
最近は研修にも仕事の都合でキャンセルが出る事も多いが、内心ほっとしたりして逃げているのかも(?)
「あなたもがんばっているじゃない?」と励ましてくれる彼女に、私もまだまだできることがあるのかも・・。
ただ、目がだんだんと悪くなってくると集中力が低下してしまうので疲れてしまって仕事がはかどらない・・・。
早く目の手術をしなきゃ・・・。
私の周りのケアマネさんは勉強家が多い。もっとも、日々学びの積み重ねがないと新しい情報にもついていけない。
仕事には責任はつきもの。そのためにも自己研鑽は欠かせない。
どうか、この目が見えなくならないように・・・。ひたすら願う私である。
 

ベッド上安静、一人暮らしの方の放尿対策

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 8月20日(日)01時14分39秒
  新規で支援することになった男性一人暮らし。
とはいってもご家族は毎日仕事を終えて夜9時か10時頃に訪問されて食事と排泄ケアに追われている。
毎日、失禁したオムツが気持ち悪くて脱いでベッド下に放り投げている。
オムツはぼとぼと、寝具・布団までもぼとぼとで
家族もさすがにもう限界ですと悩んでおられる。
訪問介護は一日2回なのでオムツ交換の時間帯が空くから尿失禁は毎回のこととなっていて、ヘルパーさんも食事と排泄の後片付けで大奮闘・・・。
夜にご家族の負担がかなり大きく、洗濯も大変な作業で、せめて清拭タオルや防水シートの汚れはヘルパーさんが応援することになったが、ケアの時間がもう少し短縮すれば尿意をキャッチすることも可能ではないかと、いろいろ対策を検討中である。
放尿するということは、尿意があるのにトイレにも行けないし、ポータブルトイレは使い方に慣れていないからであろう。
オムツも濡れたら気持ち悪いから脱いで放り投げてしまう。
ベッドの床下は尿や便汚染で毎日の戦いである。
排便に関しては週に2回訪問看護にて排便が定期的にできるようにコントロール中である。
腰椎圧迫骨折でまだポータブルトイレでの座位は許可が出ていないので誘導することもできず、コルセットを巻いても尿や便汚染で洗うと予備が必要だが本人は取り外してしまう。
これもまた、窮屈さに対する不快から本人の思いはある。

ただ、気になるのはベッド安静はやむ得ないが、他の利用者さんで同じように腰椎圧迫骨折の人が認知症で行動を制限することができず、勝手にトイレへ行くのはやむ得ないというケースも何人かいた。
一人暮らしの方なので施設のように定期的に頻回に排泄誘導というわけにはいかない。
主治医からいけないことだがつばぎ服で対応するしかないかもと助言して、ご家族も1枚のみ購入して試みることにしたのだが、みごとにうまく脱いで裸になっていた。

こうなると日中の排泄ケアをなんとか3回に調節できないか考えてみるしかない。
訪問看護も週に二回、訪問入浴も週に1回調整中であるので、ヘルパーさんのケア内容を身体と生活を組み合わせればなんとか調整できるかも。

本人の思いを尊重しながら離床できるまでは、放尿を防ぐ対策ができるように医療・介護の連携で乗り切っていきたいと願うばかりである。
食事と排泄は欠かせないので優先的な目標ではある。
できることならつなぎ服は使わない方向で頑張りたいものである。
問題行動ととらわれがちなことでも、本人には本人の思いがあってのこと。
本人の思いを尊重して問題解決につなげていきたい。
ヘルパーさんも看護師さんも、本人の思いを大切に努力してくださっていることに深く感謝するばかりです。
 

自立をめざして

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 8月10日(木)00時13分2秒
  要介護5の寝たきりだった利用者さんが排泄の自立にむけて必死で応援して7カ月あまり、オムツ24時間から昼夜ともにポータブルトイレを自分で使用してリハビリパンツもほぼ必要となくなった。
物忘れはかなりあるが、コミュニケーションに困ることはほぼなくなった。
日中のリハビリパンツの除去は、比較的安心だったのですが、夜間に排泄が多く夜だと巻きオムツをはずしてするには難しく、なかなか自立へは試みることはできなかった。
しかし、災い転じて福となると言えば本人に申し訳ないが腹痛にてオムツ内に排便が我慢できずに出たあともおなかが痛くてたまらず、隣の部屋へ必死の思いで移動しポータブルのなかにオムツごと排便が出てしまって、それでも自分でパンツをはきかえたものの、うまくいかず、ベッドの上もポータブルも便汚染で大変な状況であった。
本人から、夜もポータブルトイレをベッドの横において欲しい。自分でしてみるという。
本人の思いを理解し巻きオムツからリハビリパンツに変えて夜の排泄に挑戦した。
翌朝、気になって5時ころに訪問したのだが、全く失敗はなかった。
その翌日には尿取りパットだけ当てて布パンツにされていた。
その翌日も失敗することなくだが、本人は失敗したらいかんと強く思いすぎたのか、胃の痛みでしんどくなったようだ。
周りに迷惑かけまいと必死であったのであろう。
そんなに気をはらなくていい。失敗したらはきかえればいいんだからとベッドの傍に着替えもおいて安心してもらうことにした。
夜間の排尿量はかなり多い。
夕方ヘルパーがオムツをセットしてから(今はパンツのみだが)21時に就寝してから6時までの4回も起きるらしい。
いつもこぼれそうなくらいの量であった。
皮膚も痒いしオムツかぶれにもなるし辛かったという。おかげでらくになったとうれしそうである。
まだ、ベッドまわりは歩けないのでヘルパーさんは一日3回は欠かせない。
次回認定更新時には介護度は下がるであろう。
本来なら区分変更で下がるところかもしれないが、ヘルパーさんの手間は変わらないから現状のケアをしっかりして自立をめざしたい。
私もとっても嬉しい。
他にも新規で重度のかたが増えたが、可能性を信じて看護師さんやヘルパーさん・家族と一緒に頑張りたいと思う。
 

経験からくる技

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 7月 8日(土)21時48分54秒
  訪問リハビリにナースの立場でのリハビリ指導を組み入れたのだが、初回のサービス時に同席さして頂いて感じたことは、「この方なら信頼できる。」と直感しました。
利用者さんと初対面ではあるが、相手を緊張させず、会話が楽しく、そのうえで本人の身体状況をきちんととらえておられた。
しばらく座って対面でお話ししながら(呼吸を整えながら)、立ち上がりを促した時には顔の表情をきちんと把握されていた。
最近、動作中にしんどさを訴える事もよくあり、ディサービスなどでは、「もう少し頑張りましょうか?」と歩行訓練を促しておられることが本人には苦痛であったようだが、本当に本人にとっては負荷がかかってしんどいのだということが伝わっていなかった。
主治医の先生からは、どれくらいの運動量に耐えられるのか酸素飽和濃度を測定しながらリハビリの可能性を探っていってほしいと指示されていた。
この利用者さんの「しんどい」という口癖は、単なる口癖ではなく、実際に血流も低下しやすいことがわかった。
本人もまた、ナースの説明がよくわかるらしく、「私のことをとても理解してくれている」と喜んでいました。
最近、ほかの利用者さんでもナース資格のPTさんにお世話になるケースに出会う。
その方の事例でも同じようなことが言える。
これからも医療にくわしいリハビリの指導者が増えて行って欲しいものだと実感したものでした。
 

認知症対応型ディサービスの取り組みのすばらしさに感謝!

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 7月 5日(水)01時23分18秒
  この方もまた、退院に向けて施設入所しかむりと言われたかたであるが、入院中は四隅にベッド柵をして抑制も致し方ない方であった。
娘さんは自宅に戻ったら認知症もよくなると思うと信じてしばらく在宅でみることにした。
自宅では、一人でベドから降りないようにベッド柵も四隅は確保しなければならなかった。
認知症対応のディサービスに通うようになって、ディサービスではつなぎ服は遠慮させてください。バルーンも挿入していていろんなトラブルもあったが、見守りは欠かせず、その中で本人の意思を尊重した見守りをして下さった。
ディサービスでは歩こうとすることもあっても、止めず、傍について歩行介助を行い、どんどんADlは回復していった。
ただ、自宅では一人での過ごしの時に危険で困りますか?と気遣って下さってはいたが、娘さん初めヘルパーさんや訪問看護師さんたちも安全策をいろいろ考えて、ベッド柵もはずすことに協力してくれた。
自由に歩けるようになると室内の目につくものを物色するようになり、危険なものは排除することでできるだけ、自由に動けるように工夫をして下さった。
もしも、ディサービスで危険だからと本人の動きを制止したならば、一人で歩けるようにはならなかったでしょう。
見守りの中でいかに本人らしく過ごせるようにできるかが大きな課題であろう。
このディサービスは開設当初から個別対応がすばらしく、過去にも大変お世話になったところである。
非常に信頼もあり、スタッフの皆様も優しい。
利用者さんたちがみなさん、穏やかである。
よい事業所は口コミで広がるものであるが、事業所の評価は利用してみてわかるものである。
 

在宅での自立に向けて

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 7月 5日(水)01時01分55秒
  在宅生活は無理だと言われながらも、施設入所の選択にまよいながら要介護5で寝たきりだったKさんが今は日中はリハビリパンツをはずしてショーツ1枚にて一人でポータブルトイレが利用できるまでになった。
そして、先日、ヘルパーさんが振り返ると一人で伝い歩きをしてそばに来ていたというのである。
週に1回訪問リハビリで歩行訓練もしていて、ディサービスでも立ち上がりの訓練もして頂いている成果でもあるのだが・・・。
ヘルパーさんが「一人で歩かないようにいうてくださいよ」「転倒したら責任がもてません」それはそうなんですが、見守りがあって安全を確保できる範囲なのだからもっともなことでしょう。
今の課題は夜のオムツをはずせること。
排尿は夜から朝方に3~4回でるのですが、本人は尿意がわかっているから辛い事でしょう。
「まだ、一人でむりかなぁ・・・」と毎日口癖である。
夜は室内も薄暗いし、眠気眼にポータブルトイレを使うのも危険で足がしっかりと立ってるようになれるまでもうしばらく我慢してね。とおねがいしているのですが、
今度、転倒したら今までの苦労も努力も水の泡・・・ということになる。
主治医の先生は今年中にもとの動きができるように頑張りましょうと言ってくださっている。
本人は、周りに迷惑をかけずに自立したい!この思いにつきるのであろう。
私も今年の1月~早朝に応援を続けてきて、確かにつかれもある。
でも、本人の頑張りとこの成果をみるにつけ、できるところまで応援してあげたいと思う。
ただ、在宅生活の自立にむけて制度の中だけでは難しい。
低所得のかたが、もう少し必要なサービスを確保できるみちがあれば、施設入所への選択肢もかわってくることだろうと思う。
 

認知症の人の世界は?

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 5月28日(日)00時27分32秒
  いつも訪問する度に言う挨拶といえば「もう、寝てばかりでどこにも出られへんわ。買い物にも行かんようになったし、何も食べるもんがなくなったわ・・・」と口癖である。
顔はちょっと痩せこけた感じがするが、本当にしんどくて寝てばかりなんだろうか・・・?
いえいえ、実は・・・、ヘルパーさんから見ると「今日も買い物に行っていたようです。冷蔵庫にお刺身が入っていて、野菜もたくさん、買い込んでありました。」

最近、少しよくなったかなと思うことは、娘さんへの暴言がすくなくなったことでしょうか?
私たちが一緒に娘さんとお母さん宅へ行っている間は、「お金のことを責めなくなったね。お母さんと顔を合わせる事ができるようになったね」と喜んでいたのもつかのま、娘さんからメールがきました。
「○○さんたちが帰ったら、態度が豹変してお金を返せと責め立てられ大変だったのよ」「やはり、まだむりかなぁ・・」
被害妄想が強くて、娘さんは辛くて顔を合わすこともできない。ずっとこのまま続くのだろうか?
ただ、忘れている世界であっても、本人にとっては、本音の世界でもあるのではないかなぁ・・・と娘さんのつぶやき。
受け入れる側の辛さは、口で慰められるものではないほどの辛さである。
それでも、お母さんの自宅の外回りをきれいに片づけたり、通院にいっている間に自宅内の片づけを手伝ったり、「娘さんはいつもきれいに片づけを手伝ってくれているのよ。庭木もきれいになっているでしょう?」と本人にいうと、「勝手にやってるだけやから知らんわ」とふてくされている。
子を思う親の心の本音は取り戻せないものなのか?
日頃から、「子供に残そうと一生懸命働いてきたんや」「どうせ、私が死んだら子供のもんになる家や。世話をしても罰があたらんやろう」・・・この心の裏には子供に対する甘えもあるような・・・。
互いにもどかしさを感じる思いがする。
 

私の青春時代がなつかしい

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 5月13日(土)00時42分18秒
  朝の連続テレビ小説は、ちょうど私が中学を卒業する時代と重なる。
毎朝テレビをみながら昔をなつかしみ頬に涙が伝うこともある。
「私にも気持ちが伝わる・・・そうだったなぁ・・・」と。

私は集団就職ではなかったが、中学校の卒業式と看護学校の入学式が同じだったために、同級生より一足早く田舎を出て姉の紹介で小さな医院に就職して見習い看護婦として働きながら医師会の看護学校へ通うことになった。
卒業式に出られなかったことが同窓会に出ても話題がつながらない寂しさがあることを今も感じるのである。
サイン帳は旅立つ前にみんない書いてもらった。
今も私の宝なんだけども、4冊のサイン帳には「くろんぼちゃん、お元気で」「くろんぼちゃん、さようなら」と・・・。私の愛称でもあったんだけど、今も日焼けで真っくろはかわらないなぁ・・(笑)
ちょうど、東京オリンピックが中学2年生だったか・・・。
中学校の家庭科室に1台だけテレビがあって(田舎の小さな中学校だったから)各学年の教室ごとにオリンピックの観戦をさしてもらったことがなつかしい。

初めて親元を離れて初めての土地で一人夜を明かしたその晩は、家が恋しくて泣きべそをかいたこともまた懐かしい。
初めてもらったお給料は7000円であった。実家に3000円送って、看護学校の授業料をはらったらわづかのお小遣いだった。
ただ、授業料は働かせてもらう医院から出してもらえるのだけど、居候することに遠慮して言いだせなかったような私であった。
しかし、私は半年で挫折してしまい、結局、他の土地で新たに看護学校へ入学しなおしてやり直すこととした。
ただ、おかしい事に半年でも専門的な勉強をしていたからか、やり直しの勉強はスムーズについていけて勉強が面白く楽しかった。
3年たって今の地に就職したときの初任給は12000円(公務員)であった。このときは実家に7000円送金できて私の人生で一番よく覚えているのがこのふたつの給料である。
時代とともにお金の価値は驚くほど変わってきた。
お金の大切さを忘れてはいまいかと反省することもしきり・・・。
医師会の看護学校へ通っていたころは朝と夜勤があって昼に学校(午後)、卒業して夜学(高校)に通った時代も日中は仕事。夜に学校。夜勤もあるときは眠たかったなぁ・・・。
遊ぶことがなかった私なので、今でも友人たちと楽しむのが下手である。

不思議なことに昔の苦労はなんでもない気がする。楽しい思い出となっている。
私が年老いたら、どんなおばあちゃんになるんでしょうか?(笑)今は、自治会や校区の老人会主催のお楽しみにはできるだけ参加して楽しんでいる。
ケアマネをしながら地区の高齢者の一員として行事に参加するなかで、地域の実情を知り、地域の支え役にも力を貸すことができるなら、それが一番の生き甲斐でもある。
それは、私が住み慣れた地域で住民としてともに支え合える。
私は本当に幸せ者だと思う。
 

精神障害があると見受けられるが・・・

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 5月 1日(月)01時37分46秒
  最近、朝早く出会う女性の方だが、初めてあった時に、路地から出てきて私の顔をみるならうめき声を上げながら突進してきそうになり、私は思わず「キャー!」と叫んで自転車から飛び降りた格好となった。
その私の驚きの表情をみて「ど阿呆!うるさいわ!」とすかさず睨みつけていった。
私は、思わず悲鳴をあげたものの、なんだか悪い事をしてしまったなと・・・そんな自分がなんとも心の狭さを恥じた。
次の日は前日より1時間早く6時ころに自転車で訪問先へ向かう途中であったが、別の道なのにまた出会ってしまった。
幸いというか、彼女は私にきづかずに道を横断するところだった。
しばらく数日は怖い思いが横切って「どうか会いませんように・・・」という心が消しきれない。
三日続いて会うことになった。お天気がとてもいいのに雨傘をさして長靴をはいて横断歩道を渡って行った。
季節の変わり目やお天気がくもり空の時には、混乱しやすいのだろうか?
高校生くらいの男の子が奇声をあげながら片手で手を振り回しながら走っていく姿にもであった。
もう一人またも・・・。
いずれも朝早くなんですが、つい日常の生活はどうされているのかな?誰かが支援しているのでしょうねと…思ってしまう。
まだまだ心の狭い自分をみた思いである。

ふと、ずいぶん昔のことであるが、まだ十代で精神科病棟の実習に行った時のことであるが、重度の精神障害の方の病棟があって、そのグループの入浴日のことでした。
私たち看護学生が廊下に一列に並んでいる前を数人の患者さんが浴室に向って誘導されていったのですが、思わずそのうちの一人が振り返り、並んでいる私に飛びついてきて口づけをするはめになったのです。
まだ18歳の私・・・。ショックで動けませんでした。
それでも、実習を早退することもできず、次の日も勇気を出して実習に出向きました。
病棟の責任者の係長さんは「よく出てきてくれましたね。本当に申し訳ありませんでした」と何度もあやまっていました。
私の初キッスは一生忘れられない苦い思い出というか、まぁ仕方ないとあきらめの笑い話・・・。
実習の評価はとても高い点数を頂きました。(笑)
精神のヘルパーの研修にも参加した時には、とても楽しく、地域で支える事の素晴らしさを感じたものでした。
それなのに、いきなりの出会いがしらのショックには、どうすることもできない私・・・。
地域で受け入れできるようになるには、医療との連携も必要だなと思います。
 

レンタル掲示板
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