teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ]


ベッド上安静、一人暮らしの方の放尿対策

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 8月20日(日)01時14分39秒
  新規で支援することになった男性一人暮らし。
とはいってもご家族は毎日仕事を終えて夜9時か10時頃に訪問されて食事と排泄ケアに追われている。
毎日、失禁したオムツが気持ち悪くて脱いでベッド下に放り投げている。
オムツはぼとぼと、寝具・布団までもぼとぼとで
家族もさすがにもう限界ですと悩んでおられる。
訪問介護は一日2回なのでオムツ交換の時間帯が空くから尿失禁は毎回のこととなっていて、ヘルパーさんも食事と排泄の後片付けで大奮闘・・・。
夜にご家族の負担がかなり大きく、洗濯も大変な作業で、せめて清拭タオルや防水シートの汚れはヘルパーさんが応援することになったが、ケアの時間がもう少し短縮すれば尿意をキャッチすることも可能ではないかと、いろいろ対策を検討中である。
放尿するということは、尿意があるのにトイレにも行けないし、ポータブルトイレは使い方に慣れていないからであろう。
オムツも濡れたら気持ち悪いから脱いで放り投げてしまう。
ベッドの床下は尿や便汚染で毎日の戦いである。
排便に関しては週に2回訪問看護にて排便が定期的にできるようにコントロール中である。
腰椎圧迫骨折でまだポータブルトイレでの座位は許可が出ていないので誘導することもできず、コルセットを巻いても尿や便汚染で洗うと予備が必要だが本人は取り外してしまう。
これもまた、窮屈さに対する不快から本人の思いはある。

ただ、気になるのはベッド安静はやむ得ないが、他の利用者さんで同じように腰椎圧迫骨折の人が認知症で行動を制限することができず、勝手にトイレへ行くのはやむ得ないというケースも何人かいた。
一人暮らしの方なので施設のように定期的に頻回に排泄誘導というわけにはいかない。
主治医からいけないことだがつばぎ服で対応するしかないかもと助言して、ご家族も1枚のみ購入して試みることにしたのだが、みごとにうまく脱いで裸になっていた。

こうなると日中の排泄ケアをなんとか3回に調節できないか考えてみるしかない。
訪問看護も週に二回、訪問入浴も週に1回調整中であるので、ヘルパーさんのケア内容を身体と生活を組み合わせればなんとか調整できるかも。

本人の思いを尊重しながら離床できるまでは、放尿を防ぐ対策ができるように医療・介護の連携で乗り切っていきたいと願うばかりである。
食事と排泄は欠かせないので優先的な目標ではある。
できることならつなぎ服は使わない方向で頑張りたいものである。
問題行動ととらわれがちなことでも、本人には本人の思いがあってのこと。
本人の思いを尊重して問題解決につなげていきたい。
ヘルパーさんも看護師さんも、本人の思いを大切に努力してくださっていることに深く感謝するばかりです。
 
 

自立をめざして

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 8月10日(木)00時13分2秒
  要介護5の寝たきりだった利用者さんが排泄の自立にむけて必死で応援して7カ月あまり、オムツ24時間から昼夜ともにポータブルトイレを自分で使用してリハビリパンツもほぼ必要となくなった。
物忘れはかなりあるが、コミュニケーションに困ることはほぼなくなった。
日中のリハビリパンツの除去は、比較的安心だったのですが、夜間に排泄が多く夜だと巻きオムツをはずしてするには難しく、なかなか自立へは試みることはできなかった。
しかし、災い転じて福となると言えば本人に申し訳ないが腹痛にてオムツ内に排便が我慢できずに出たあともおなかが痛くてたまらず、隣の部屋へ必死の思いで移動しポータブルのなかにオムツごと排便が出てしまって、それでも自分でパンツをはきかえたものの、うまくいかず、ベッドの上もポータブルも便汚染で大変な状況であった。
本人から、夜もポータブルトイレをベッドの横において欲しい。自分でしてみるという。
本人の思いを理解し巻きオムツからリハビリパンツに変えて夜の排泄に挑戦した。
翌朝、気になって5時ころに訪問したのだが、全く失敗はなかった。
その翌日には尿取りパットだけ当てて布パンツにされていた。
その翌日も失敗することなくだが、本人は失敗したらいかんと強く思いすぎたのか、胃の痛みでしんどくなったようだ。
周りに迷惑かけまいと必死であったのであろう。
そんなに気をはらなくていい。失敗したらはきかえればいいんだからとベッドの傍に着替えもおいて安心してもらうことにした。
夜間の排尿量はかなり多い。
夕方ヘルパーがオムツをセットしてから(今はパンツのみだが)21時に就寝してから6時までの4回も起きるらしい。
いつもこぼれそうなくらいの量であった。
皮膚も痒いしオムツかぶれにもなるし辛かったという。おかげでらくになったとうれしそうである。
まだ、ベッドまわりは歩けないのでヘルパーさんは一日3回は欠かせない。
次回認定更新時には介護度は下がるであろう。
本来なら区分変更で下がるところかもしれないが、ヘルパーさんの手間は変わらないから現状のケアをしっかりして自立をめざしたい。
私もとっても嬉しい。
他にも新規で重度のかたが増えたが、可能性を信じて看護師さんやヘルパーさん・家族と一緒に頑張りたいと思う。
 

経験からくる技

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 7月 8日(土)21時48分54秒
  訪問リハビリにナースの立場でのリハビリ指導を組み入れたのだが、初回のサービス時に同席さして頂いて感じたことは、「この方なら信頼できる。」と直感しました。
利用者さんと初対面ではあるが、相手を緊張させず、会話が楽しく、そのうえで本人の身体状況をきちんととらえておられた。
しばらく座って対面でお話ししながら(呼吸を整えながら)、立ち上がりを促した時には顔の表情をきちんと把握されていた。
最近、動作中にしんどさを訴える事もよくあり、ディサービスなどでは、「もう少し頑張りましょうか?」と歩行訓練を促しておられることが本人には苦痛であったようだが、本当に本人にとっては負荷がかかってしんどいのだということが伝わっていなかった。
主治医の先生からは、どれくらいの運動量に耐えられるのか酸素飽和濃度を測定しながらリハビリの可能性を探っていってほしいと指示されていた。
この利用者さんの「しんどい」という口癖は、単なる口癖ではなく、実際に血流も低下しやすいことがわかった。
本人もまた、ナースの説明がよくわかるらしく、「私のことをとても理解してくれている」と喜んでいました。
最近、ほかの利用者さんでもナース資格のPTさんにお世話になるケースに出会う。
その方の事例でも同じようなことが言える。
これからも医療にくわしいリハビリの指導者が増えて行って欲しいものだと実感したものでした。
 

認知症対応型ディサービスの取り組みのすばらしさに感謝!

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 7月 5日(水)01時23分18秒
  この方もまた、退院に向けて施設入所しかむりと言われたかたであるが、入院中は四隅にベッド柵をして抑制も致し方ない方であった。
娘さんは自宅に戻ったら認知症もよくなると思うと信じてしばらく在宅でみることにした。
自宅では、一人でベドから降りないようにベッド柵も四隅は確保しなければならなかった。
認知症対応のディサービスに通うようになって、ディサービスではつなぎ服は遠慮させてください。バルーンも挿入していていろんなトラブルもあったが、見守りは欠かせず、その中で本人の意思を尊重した見守りをして下さった。
ディサービスでは歩こうとすることもあっても、止めず、傍について歩行介助を行い、どんどんADlは回復していった。
ただ、自宅では一人での過ごしの時に危険で困りますか?と気遣って下さってはいたが、娘さん初めヘルパーさんや訪問看護師さんたちも安全策をいろいろ考えて、ベッド柵もはずすことに協力してくれた。
自由に歩けるようになると室内の目につくものを物色するようになり、危険なものは排除することでできるだけ、自由に動けるように工夫をして下さった。
もしも、ディサービスで危険だからと本人の動きを制止したならば、一人で歩けるようにはならなかったでしょう。
見守りの中でいかに本人らしく過ごせるようにできるかが大きな課題であろう。
このディサービスは開設当初から個別対応がすばらしく、過去にも大変お世話になったところである。
非常に信頼もあり、スタッフの皆様も優しい。
利用者さんたちがみなさん、穏やかである。
よい事業所は口コミで広がるものであるが、事業所の評価は利用してみてわかるものである。
 

在宅での自立に向けて

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 7月 5日(水)01時01分55秒
  在宅生活は無理だと言われながらも、施設入所の選択にまよいながら要介護5で寝たきりだったKさんが今は日中はリハビリパンツをはずしてショーツ1枚にて一人でポータブルトイレが利用できるまでになった。
そして、先日、ヘルパーさんが振り返ると一人で伝い歩きをしてそばに来ていたというのである。
週に1回訪問リハビリで歩行訓練もしていて、ディサービスでも立ち上がりの訓練もして頂いている成果でもあるのだが・・・。
ヘルパーさんが「一人で歩かないようにいうてくださいよ」「転倒したら責任がもてません」それはそうなんですが、見守りがあって安全を確保できる範囲なのだからもっともなことでしょう。
今の課題は夜のオムツをはずせること。
排尿は夜から朝方に3~4回でるのですが、本人は尿意がわかっているから辛い事でしょう。
「まだ、一人でむりかなぁ・・・」と毎日口癖である。
夜は室内も薄暗いし、眠気眼にポータブルトイレを使うのも危険で足がしっかりと立ってるようになれるまでもうしばらく我慢してね。とおねがいしているのですが、
今度、転倒したら今までの苦労も努力も水の泡・・・ということになる。
主治医の先生は今年中にもとの動きができるように頑張りましょうと言ってくださっている。
本人は、周りに迷惑をかけずに自立したい!この思いにつきるのであろう。
私も今年の1月~早朝に応援を続けてきて、確かにつかれもある。
でも、本人の頑張りとこの成果をみるにつけ、できるところまで応援してあげたいと思う。
ただ、在宅生活の自立にむけて制度の中だけでは難しい。
低所得のかたが、もう少し必要なサービスを確保できるみちがあれば、施設入所への選択肢もかわってくることだろうと思う。
 

認知症の人の世界は?

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 5月28日(日)00時27分32秒
  いつも訪問する度に言う挨拶といえば「もう、寝てばかりでどこにも出られへんわ。買い物にも行かんようになったし、何も食べるもんがなくなったわ・・・」と口癖である。
顔はちょっと痩せこけた感じがするが、本当にしんどくて寝てばかりなんだろうか・・・?
いえいえ、実は・・・、ヘルパーさんから見ると「今日も買い物に行っていたようです。冷蔵庫にお刺身が入っていて、野菜もたくさん、買い込んでありました。」

最近、少しよくなったかなと思うことは、娘さんへの暴言がすくなくなったことでしょうか?
私たちが一緒に娘さんとお母さん宅へ行っている間は、「お金のことを責めなくなったね。お母さんと顔を合わせる事ができるようになったね」と喜んでいたのもつかのま、娘さんからメールがきました。
「○○さんたちが帰ったら、態度が豹変してお金を返せと責め立てられ大変だったのよ」「やはり、まだむりかなぁ・・」
被害妄想が強くて、娘さんは辛くて顔を合わすこともできない。ずっとこのまま続くのだろうか?
ただ、忘れている世界であっても、本人にとっては、本音の世界でもあるのではないかなぁ・・・と娘さんのつぶやき。
受け入れる側の辛さは、口で慰められるものではないほどの辛さである。
それでも、お母さんの自宅の外回りをきれいに片づけたり、通院にいっている間に自宅内の片づけを手伝ったり、「娘さんはいつもきれいに片づけを手伝ってくれているのよ。庭木もきれいになっているでしょう?」と本人にいうと、「勝手にやってるだけやから知らんわ」とふてくされている。
子を思う親の心の本音は取り戻せないものなのか?
日頃から、「子供に残そうと一生懸命働いてきたんや」「どうせ、私が死んだら子供のもんになる家や。世話をしても罰があたらんやろう」・・・この心の裏には子供に対する甘えもあるような・・・。
互いにもどかしさを感じる思いがする。
 

私の青春時代がなつかしい

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 5月13日(土)00時42分18秒
  朝の連続テレビ小説は、ちょうど私が中学を卒業する時代と重なる。
毎朝テレビをみながら昔をなつかしみ頬に涙が伝うこともある。
「私にも気持ちが伝わる・・・そうだったなぁ・・・」と。

私は集団就職ではなかったが、中学校の卒業式と看護学校の入学式が同じだったために、同級生より一足早く田舎を出て姉の紹介で小さな医院に就職して見習い看護婦として働きながら医師会の看護学校へ通うことになった。
卒業式に出られなかったことが同窓会に出ても話題がつながらない寂しさがあることを今も感じるのである。
サイン帳は旅立つ前にみんない書いてもらった。
今も私の宝なんだけども、4冊のサイン帳には「くろんぼちゃん、お元気で」「くろんぼちゃん、さようなら」と・・・。私の愛称でもあったんだけど、今も日焼けで真っくろはかわらないなぁ・・(笑)
ちょうど、東京オリンピックが中学2年生だったか・・・。
中学校の家庭科室に1台だけテレビがあって(田舎の小さな中学校だったから)各学年の教室ごとにオリンピックの観戦をさしてもらったことがなつかしい。

初めて親元を離れて初めての土地で一人夜を明かしたその晩は、家が恋しくて泣きべそをかいたこともまた懐かしい。
初めてもらったお給料は7000円であった。実家に3000円送って、看護学校の授業料をはらったらわづかのお小遣いだった。
ただ、授業料は働かせてもらう医院から出してもらえるのだけど、居候することに遠慮して言いだせなかったような私であった。
しかし、私は半年で挫折してしまい、結局、他の土地で新たに看護学校へ入学しなおしてやり直すこととした。
ただ、おかしい事に半年でも専門的な勉強をしていたからか、やり直しの勉強はスムーズについていけて勉強が面白く楽しかった。
3年たって今の地に就職したときの初任給は12000円(公務員)であった。このときは実家に7000円送金できて私の人生で一番よく覚えているのがこのふたつの給料である。
時代とともにお金の価値は驚くほど変わってきた。
お金の大切さを忘れてはいまいかと反省することもしきり・・・。
医師会の看護学校へ通っていたころは朝と夜勤があって昼に学校(午後)、卒業して夜学(高校)に通った時代も日中は仕事。夜に学校。夜勤もあるときは眠たかったなぁ・・・。
遊ぶことがなかった私なので、今でも友人たちと楽しむのが下手である。

不思議なことに昔の苦労はなんでもない気がする。楽しい思い出となっている。
私が年老いたら、どんなおばあちゃんになるんでしょうか?(笑)今は、自治会や校区の老人会主催のお楽しみにはできるだけ参加して楽しんでいる。
ケアマネをしながら地区の高齢者の一員として行事に参加するなかで、地域の実情を知り、地域の支え役にも力を貸すことができるなら、それが一番の生き甲斐でもある。
それは、私が住み慣れた地域で住民としてともに支え合える。
私は本当に幸せ者だと思う。
 

精神障害があると見受けられるが・・・

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 5月 1日(月)01時37分46秒
  最近、朝早く出会う女性の方だが、初めてあった時に、路地から出てきて私の顔をみるならうめき声を上げながら突進してきそうになり、私は思わず「キャー!」と叫んで自転車から飛び降りた格好となった。
その私の驚きの表情をみて「ど阿呆!うるさいわ!」とすかさず睨みつけていった。
私は、思わず悲鳴をあげたものの、なんだか悪い事をしてしまったなと・・・そんな自分がなんとも心の狭さを恥じた。
次の日は前日より1時間早く6時ころに自転車で訪問先へ向かう途中であったが、別の道なのにまた出会ってしまった。
幸いというか、彼女は私にきづかずに道を横断するところだった。
しばらく数日は怖い思いが横切って「どうか会いませんように・・・」という心が消しきれない。
三日続いて会うことになった。お天気がとてもいいのに雨傘をさして長靴をはいて横断歩道を渡って行った。
季節の変わり目やお天気がくもり空の時には、混乱しやすいのだろうか?
高校生くらいの男の子が奇声をあげながら片手で手を振り回しながら走っていく姿にもであった。
もう一人またも・・・。
いずれも朝早くなんですが、つい日常の生活はどうされているのかな?誰かが支援しているのでしょうねと…思ってしまう。
まだまだ心の狭い自分をみた思いである。

ふと、ずいぶん昔のことであるが、まだ十代で精神科病棟の実習に行った時のことであるが、重度の精神障害の方の病棟があって、そのグループの入浴日のことでした。
私たち看護学生が廊下に一列に並んでいる前を数人の患者さんが浴室に向って誘導されていったのですが、思わずそのうちの一人が振り返り、並んでいる私に飛びついてきて口づけをするはめになったのです。
まだ18歳の私・・・。ショックで動けませんでした。
それでも、実習を早退することもできず、次の日も勇気を出して実習に出向きました。
病棟の責任者の係長さんは「よく出てきてくれましたね。本当に申し訳ありませんでした」と何度もあやまっていました。
私の初キッスは一生忘れられない苦い思い出というか、まぁ仕方ないとあきらめの笑い話・・・。
実習の評価はとても高い点数を頂きました。(笑)
精神のヘルパーの研修にも参加した時には、とても楽しく、地域で支える事の素晴らしさを感じたものでした。
それなのに、いきなりの出会いがしらのショックには、どうすることもできない私・・・。
地域で受け入れできるようになるには、医療との連携も必要だなと思います。
 

養護老人ホームの存在

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 4月30日(日)10時52分9秒
  特養の施設入所が要介護3以上になって、要介護2以下の方で低所得で一人暮らしで事情があり施設を探さないといけなくなったケースでより安くてサービスの質のよい施設選びに苦心することが何度かあった。
養護老人ホームは過去には低所得でほぼ自立しているが、在宅での一人暮らしが困難な場合・・という意識があった。
現在は要介護2までの方であっても相談対象にはなる。(特養の入所条件が変わったからそれに対応してのことであろう)
特養に併設しているケアハウスも年金所得に応じて比較的安いがそれでも、年金が100万円くらいの人であっても医療や日常消耗品・をプラスすると小遣いの余裕はない。
養護老人ホームの場合は、年金の半額くらいの利用料なので、生活の余暇を楽しむゆとりはある。
もちろん、誰でもというわけにはいかないであろう。
市役所の長寿福祉課への相談から始まって、ケア会議も行ったうえでの調整会議も必要となる。
しかし、入所条件が整えばどんない有り難いことであろう。
今まで養護老人ホームの存在にあまり目をむけることがなかった。
今回の施設探しにおいて新たに情報を得た思いである。
今更ながら恥ずかしいことではあるが・・・。勉強不足でした。
 

ヘルパー拒否

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 4月16日(日)01時17分43秒
  ○○さんは2か所のヘルパー事業所がサービス提供していてそれぞれ複数のヘルパーさんがお世話して下さっているのだが、一部気に入らない人もあって、ケアに入るのを排除しょうとする。
どのヘルパーさんも一生懸命お世話して下さるのがわかっているだけに、あまりもの暴言で攻め立てると私からも本人をたしなめざるをえない。
先日も、ヘルパーさんが訪問するなり「帰って!夕のケアはなくても大丈夫や!」と強くいうとのことで電話がありかけつけたのだが・・・。
よくよく本人と話し合うと、「お金がないから夕のケアはなくても自分でトイレできるから大丈夫やねん。」という。
でも、それは、そのヘルパーさんを断る口実であって、翌日、そのヘルパーさんの責任者が訪問すると、他のヘルパーさんなら来てもらうとなった。
ちょうど、本人はベッド上生活にストレスを感じていて、もっと美味しいものを食べたい。家族にももっと帰ってきて甘えたい・・・。
そんな思いも爆発したようである。
忙しくても定期的に帰ってきてくれているのに、「親の世話をして当たり前や」と捨て台詞が飛ぶ。
これほど、親孝行な娘さんもいないのだが、一人暮らしでベッド上生活の寂しさなのでしょうね。
暴言も認知症ゆえのもので許してあげてねとヘルパーさんに謝るものの、「○○さんのことを思って一生懸命尽くしてくれていることも分かってあげてね」と本人に少し厳しくたしなめる。
結局、ヘルパーは交替することとなった。
相性が合わないと言われたら仕方ないかも・・・。(我儘としかいいようがないのだけど、)
ヘルパーさんでも相性が悪いと言われ精神的に傷ついてしばらく求職した方もみてきた。
なんともやりきれない思いがする。
 

排泄の辛さ

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 3月22日(水)01時00分31秒
  ベッド上でしか自由に動けず、排泄介助を要する人の辛さは「我慢しないと仕方ない」とは言えない苦しさがある。
なんとかポータブルトイレが一人でできるようになりたい・・・。
排泄介助をしてもらっていても、排便に時間がかかることもある。そんな時に心ない言葉が本人をすごく傷つけていることに介助者は気付いているだろうか?
私に「○○ヘルパーさんは来てほしくない。絶対に嫌だ。ヘルパー所長に言ってほしい」という。
そのわけを聞くと、「早くして!次のケアに行かなきゃならないから」という言葉がかえってきたそうだ。
そのヘルパーさんは、軽く冗談のつもりで行ったのだと思うが、本人にとってはささいなことが冗談ではなくなる。
それまでは、とてもいい人だと信頼していたのに、たった一言で本人を傷つけてしまった。
尿意や便意がわかっているだけに、他人に世話をかけることは恥ずかしいだけに一番辛い事でもある。
高齢者だから認知症があるからと片づけてはいけない。
私ももう30年以上前になるが、腰椎分離滑り症の固定術をした時には、3カ月ギプスベッドだったので、その時の排泄介助だけは恥ずかしくて二度と入院はしたくないと思ったものだ。
親しくなっても個人を尊重することは忘れてはいけない。
確かに時間がなくて、次のケアも気になることもわかるが、話しかけの言葉を選らばなければいけない。
排泄介助の気遣いというものは、ことのほか心配りが必要である。
安心して気持ちよく介助を受けて頂けるように、ベッド上でのオムツ交換ひとつにしても優しい声かけや手順も配慮すべきであることを忘れないでほしいと願うばかりである。
 

成年後見制度で思うこと

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 3月21日(火)00時20分56秒
  権利擁護で金銭管理をしてた頃は、自分でお金も自由に使っていて、生活行動においても、自分で何でもやらなきゃと意欲があったのだが、成年後見制度を利用するようになり補佐や補助であっても、本人が高額のものをすぐに購入したり、御金を紛失することがたびたびであったりで最小限の日常生活費のみ本人の手元において財産管理をするようになると、少しずつではあるが、御金に対すつ執着心がなくなってきたように思う。
通院に同行すると、過去には支払いはおつりが間違っていても自分で支払わないと気が済まない人であったが、最近では、「あんた払ってきて・・」と私に財布を預けるのである。
また、過去にはいつも大金をもっていないと落ち着かず、支払いも前金でないと気が済まない人であった。
今では、サービス利用料においては、弁護士さんのところで管理するようになったから手元のお金は少なくなったのだが・・・。
手元のお金の残額に抵抗がなくなった。
それはいいことには違いないが、物忘れが急激に進んできたようにも感じる。
病院に行っても三か所回るのだが、受診が終わっても、次の科へ行くよう誘導するのだが、終えた科もまだだと繰り返したずねる。
お金というのは、人間にとって一番きになることでもあり、そのお金への執着心がなくなるということは、生活全般においても意欲が軽減するように思う。
財産管理はとても大切なことではあるが、補佐や補助の場合に本人に寄り添って必要に応じて訪問というのも難しいことではあるが、時には、その訪問回数が原因でトラブルが起こることもあるのである。
ただ、悲しいかな事務的に支援をする人もある。
成年後見制度は心なくしてはありえないことだと思っている。
本人の自立心も尊重しながら支援できることを願うものである。
 

覚えていてくれたことの喜び

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 3月16日(木)00時52分18秒
  退院前に入院からの経過説明を娘さんと一緒にお聞き指して頂くこととなりご本人とも久しぶりにお会いした。
「私のことわかりますか?」と尋ねると「うん、覚えてる」とニコッとわらってもらえた。
愛犬のことも忘れてしまっているときいていたが、話しているうちに「○○がまっている」と時折思い出すようであった。
いつも食事は全介助でも少ししか食べないと心配していたが、「美味しそうなお食事だね。頑張って食べてみようか?」と声かけすると、御粥もおかずも全部食べてしまった。
娘さんが「初めて一人で食べれたね」ととても喜んでいた。
会話はところどころ話が通じる程度ではあるが、声かけにはにこやかに返事できていた。
自宅へ戻れば、もっと落ち着くのではないか?・・・そんな気がした。

病院のスタッフは忙しいから、ゆっくり会話することもできないが、過去に出会った者の顔は思い出せるところに心のゆとりが生まれるのであろう。
心にゆとりを持って対応すれば、気持ちは通じると確信した。
きっとよくなると信じてやまない。










 

入院時のケアの質をみる

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 3月15日(水)00時29分9秒
  入院すると、ADLが低下してしまうケースも多い。
ただ、急性期病棟ではやむえないのだろうか?いやそんなことはないと信じたいのだが・・・。
抑制はしてはいけないが、誓約書を書けばとおるというような病院もある。
本人が一人で動くことの危険性を案じてのことであろうが、とても辛いことである。
ベッド柵も四隅ともに覆い、排泄もバルーンにつながれ、ベッドの中だけの生活になってしまっている。
本人は、入院した時には、おにぎりを美味しく食べていたのに、食事が全くとれなくなって点滴で補い、なんとか全介助でわづか摂取できるようにはなったものの、わづか半月たらずでこうも変わってしまうものか・・・。
日中独居で在宅は無理だろうと言われるが、娘さんは自宅に戻れば認知症状も回復してもらえるのではないかと信じて、とにかく自宅で様子みてみたいとなった。

私も、同じようなケースをたどった利用者さんが今では自宅で元気に過ごしてくださっている。
周りのかかわりが多いほど、ご本人の意欲も変わると信じたい。
そのためには、家族だけでなく、関わるいろんな人たちの介護に向き合う熱意も必要となる。
改善を信じて努力するのみである。
 

めぐり合うケースは過去の自分の痛みと重なる

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 2月18日(土)00時31分47秒
  介護保険制度が始まってからずっとケアマネとしてたくさんの事例にめぐり合わせて頂いたが、どれもすべて個々に違いがある。問題解決も十人十色で、参考となることはあってもこれでよしというわけにはいかない。
しかし、身体的なこと、家族問題、社会問題等、私も経験してきた同じ思うだなと胸が痛むことも多い。
だからこそ助けてあげたいと切実に思ってしまう。
親子の絆の深さに胸を打たれることも、両親ともに○末期で子供たちは遠方から交替で帰ってきて世話をする。
遠距離介護というのは、経済的にも身体的にもそういつまでも続くものではない。
かかりつけ医の助言で娘さんの住む土地へ移ることを決心された。
そのおかげで、娘さんの気持ちと母親との気持ちが一つになって、わずか数日の支援となった。
担当者会議や在宅医との話し合いやサービス調整など毎日忙しかったが、結局は医療の訪問看護で足りることとなったので、私は介護保険での給付管理は必要なく他県への在宅のつなぎは全面協力させていただくこととした。
娘さんから「こんなによくして頂いてよかったのでしょうか?」と地域包括支援センターや福祉用具事業者や私に何度もお礼を言って下さったが、「あなた方ご兄弟の親孝行に対するご褒美だと思えばいいですよ」と返事させていただいた。

私が遠距離介護に通った頃は、まだ介護保険制度がなかったころで、毎週実家へ一日かけて電車や船を乗り継いで通ったものだなと懐かしく、これもまた過去のいい思い出となっている。
人は過ぎてみればどんな辛かったことも、経験を超えて今を生きる糧となる。
頑張っている家族をみると全面協力したくなる。
昔、夜学時代の同級生が「将来、苦労は買ってでもしたい」と言っていたが、今67年の歳月を得てその気持ちがよくわかる。
苦労はした分だけ宝となり、自分を成長さしてくれる。
いろんな事例にめぐり会うごとに学びを頂き、更に人の心がわかる人間になりたいと思うばかりである。
 

家族の支援

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 2月14日(火)00時47分33秒
  もう2年も奥様の支援をしていながら、ご主人のことを深く知ってはいなかったことに申し訳ない気がした。
いつもご主人は足が痛くて整骨院に通っているから別に介護保険サービスの申請をしょうとは思わないと言っておられ、また、家事もすべてこなして奥様の外出支援もこなし、奥様の生活を助けておられたから当然ながら要支援認定も対象外であろうとは思っていた。
今日、ご自宅を訪問した時に「ご主人のほうはなにか辛い事はありませんか?}とたずねたら、「このところ足の小指が痛くてなぁ・・・」というので足をみせてもらったら片足の浮腫にびっくりした。
そして、その原因をきいていると、過去に○○全摘していて、退院時の指示書をみせてもらったら原発性リンパ浮腫にて下肢の圧迫包帯やリンパマッサージしか治療の方法がないことが書かれていた。
本人はん何が原因であるか理解できておらず、何にも治療してもらえず、他の病院を探してみようと思っているという。
しかし、その病院の主治医が心臓血管外科の専門医であり、○○摘出術をして下さった同じ病院の医師でもあり経過もよくわかっておられる。誰かが付き添ってもう一度、原因の説明と現在の悩みを相談すべきだし、足の指も腫れ上がって小指は赤く炎症を起こしている。
今まで整骨院のマッサージに通っていたが、ここでは難しいと言われ今はリハビリにも通っていないそうである。
専門の治療院を紹介してもらったが、専門的なリンパマッサージは一回の施術料が高くてあきらめたと言われる。(あちこち友人に問い合わせてみたがどことも8千円以上はするとのこと)
私が知るあるディサービスでは、週に一回だけリンパマッサージの先生が来られていて、必要な利用者には施術をして下さるそうである。
要支援認定でたとえ要支援1でも判定がでたなら利用ができるのだが、本人は「今のところは生活に困っていないから・・・」とのこと。
インターネットで調べたら原発性リンパ浮腫の治療ができる病院が市内に3か所ほどある。フットケアもしていると書かれていた。
今、かかっている医師に相談して、前回の診察から半年もたっているからもう一度、受診して今後の方針を確認すべきだと進める。
奥様は要支援(認知症あり、ご主人が見守っている)なので地域包括支援センターに相談を進めてみようと説得しょうと思っている。
男の方は奥様の支援で訪問しても、自分のことには触れないから気付かずにいた。
以前に家族アセスメントの必要性を推進している会があることを教えてもらったが、今後は、ご家族自身のことも話して頂けるように信頼関係を築いていかねばと反省するばかりでした。
 

これ以上は我慢してほしいとは言えない。

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 2月 8日(水)23時33分25秒
  要介護5のサービスなら十分使えるでしょうと、よく言われるが、その方の満足度からするととても足りない。
それは我儘というものだとも評価される意見も多い中で、本人が自立を願い「こうありたい」ということがすべて我儘とは限らない。
夜間に排尿が集中して、夜中に徘徊が頻回でこまるというケースもあるが、本人の中ではトイレに自由にいける・・・。尿失禁も繰り返していても不快ならばリハパンツを脱ぎ棄てることもできる。家族にしてみれば大変なことではあるが、なかには尿意が分かっていてオムツの中へ夜中に何回も排尿して大きな夜用のパットや小さいパットも重ねていても、量が多くなると腹部や腰も冷たくて気持ち悪い・・・と訴えざるを得ない人もいる。
複数の巡回サービス事業所へお願いしたが、一人暮らしで生活全般をみるとなると、必要人員は3倍いるから受けてもらえない。
家族が他府県から仕事を終えて毎晩排泄介助に通ってきていたが、数か月ともなるとさすがに疲れてしまった。
夜、個人的に応援しましょうと声かけると、本人は朝に集中して何回も出るから早朝にオムツ交換してポータブル介助さしてほしいと訴えがあった。
当然のことながら、要介護5でもサービス量は足りない。
幸い、私は自転車で5分も走ればいける。
本人は、毎日、私に手を合わせて拝むようにして「ありがとう!ありがとう!外は寒いのにご苦労さまやなぁ」と感謝の言葉をかけてくれる。
そこまでするのはおかしい。ケアマネの仕事ではない。施設なら夜中問わず安心なのに・・・といわれるが、この方が自宅での生活を望まれ、本人もベッド上の生活から自立しょうと頑張っているその姿をみると、手を差し伸べずにはおれない。
ケアマネとしてではない。個人のボランティアの立場からである。
毎朝、ずっしりと重たく冷えたオムツをみると、電気毛布で布団の中は暖かくてもオムツの汚れの不快感は本人ならずともたまらなくかわいそうに思える。
在宅のサービスの限度額が十分ということはない。
人間らしく生活したい・・・。健康な者にはわからないことであろう。
この方に夜のサービスが加算して使える方法ができたなら、在宅生活の喜びもひとしわふくらむことであろう。
介護保険制度の適正化は必要なことではあるが、ほかで無駄遣いをやめて必要なサービスがなにかをもっと分かってほしいと思うばかりである。
 

接遇による評価

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 2月 5日(日)00時27分51秒
  利用者さんがディサービスを選択するときに、リハビリ強化型のディサービスを選んである程度、満足しておられたのだが、相談員さんが交替になってから、相談員さん以外のスタッフの態度も目につくようになってきたらしい。
以前の相談員さんは、どの利用者にも気配りが感じられみなさん楽しく利用されていた。
評判がよく口コミで瞬く間に定員がいっぱいで急遽・休んでも振り替えもできない状況である。
また、マッサージの施行時間もだんだんと短くなっていく。
そのうちあれだけ喜んでいたはずのリハビリに物足りなさを感じるようになり、ほかのリハビリ強化型の事業所を紹介することにしたのだが、幸い、双方のディサービスのそれぞれの良さに両方利用したいとなって、週に3回の内、どちらかを2回にしたいとなった時に、スタッフの誠実さが伝わってきた新規の事業所を選択することになった。
確かに私もご一緒に体験に参加してその気持ちは感じたのである。
といっても、利用人数が少ない時には手厚くして忙しくなるとなれ合いになってしまいがちであるが、この新規のディサービスもそうならないことを願うものである。
ただ、最初の事業所も相談員さんによってずいぶん違うと感じた。誰しも感じることは同じかもしれない。
どんな職種であっても接遇態度は一番めにつくことである。
気持ちよく利用できるためにも、人のふれあいは気持ちよくありたいものである。
 

施設か在宅か?選択の違いは・・?

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 1月11日(水)23時51分23秒
  一人暮らしで、医療的ニーズが高いから施設入所しかない・・・と申し送りを受けたケースについて私は疑問を感じる。
過去二回にわたって脳梗塞を発症し、頸部動脈の狭窄症があるから次に脳梗塞を起こしたら命取りになるとは言われているが・・・。
今は、状況としては、落ち着いている。
とにかく入所先を決めなければと支援者側はいわれる。
主治医にお会いしたら、ケアマネの心次第だな。と・・。危険性はあるが、今の生活が楽しいのであれば、いつどうなるかは覚悟の上ならやむえないのではないか・・・?
支援者側からみると、一人で誰もいないところで死んでいたら責任問題となる。
施設入所なら緊急性の対応が図れるといわれる。もっともなことだが、他にも動脈瘤を抱えている人などもたくさんいるが、すべてが、見守る人がいなければ施設入所かというとそうではないだろう。
本人は毎日ディサービスに通っているが、毎日が楽しいといわれている。
優先的に目標を掲げるとしたら、脳梗塞を繰り返さないよう健康管理に努めることではないだろうか?
本人が多少の不安はあっても在宅生活を続けたいと願うなら、できるかぎりの支援をして応援したいと思う。
この方には他職種間の連携も結構ある。
それでも、受け入れ施設を探すことを進められているなかで、私の考えは間違っていると叱られるかも・・・。
サービス事業者サイドからは、本人が明るくなって意欲的にリハビリにも励んでいると聞く。
本人の気持ちをしっかりと聞いて、不安もあればその都度しっかりと傾聴していきたい。
 

感謝の心をいつまでも忘れずに居てくださるってすごいな!!

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 1月11日(水)23時23分48秒
  もう12年あまり前のことになるだろうか・・・?
まだ、消費者金融の強引なとりたてに泣きを見る人も多かったころ・・・。
本人からどうにもならないことなんだけど・・・と相談を受けて、友人の社会福祉士さんに相談をもちかけて、彼女の紹介で良心的な弁護士さんにつないで頂いて、借用した分も解決し、まだ返戻金も戻ってきたのであるが、いつまでも毎年感謝の言葉を返してくださる。
もう、そんなにお礼を言わなくてもいいよといっても、「あの時、助けてもらっていなかったら、今ここに生きていることはなかったと思う。」「わずかな年金暮らしだが、お金の大切さが身にしみる、何年たっても感謝の気持ちは生きてる限り忘れられない」という。
しばらく会っていなかったので、元気だった?と聞くと、二度呼吸停止をして生き延びさしてもらった。
もう一度会ってお礼を言いたかったという。
そして、別れる時に何度か振り向くと、いつまでも手を振ってくれていた。
なんだか、もう会えないような思いがしたが、いつまでも元気でいてねと願わざるにはおれなかった。
「二人とも、なにかあったら必ず知らせてな。すぐにかけつけるから」という。
こんなに真剣に感謝の思いをぶつけてくださる人はそういない。
私も、自分の人生を振り返って、人の情けに今があることも多々あった。
あらためて、過去の恩義を忘れてはいけないと自分に言い聞かせるばかりです。
 

心温まる医療連携

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 1月 5日(木)23時58分41秒
  新年早々に利用者さんが救急搬送となり、いろんな条件が重なり一人の方を3回救急車で搬送することとなりました。
1日は、終日、○○さんの付き添いで終わったのだが、その苦労とはうらはらに心が温まる経験をさして頂いた。
○○さんを、いつもかかっている病院へ搬送したものの、原因を知るために大きな病院へ搬送せざるを得ない状況となったのだが、その時、救急外来の主任ナースが救急車に同乗してくれることとなった。
そして、大きな病院で検査をした結果が脳梗塞ではないということがわかったものの、インフルエンザは天涯孤独の人しか入院できないということであった。
とても自宅へ連れて帰っても、意識が朦朧としている彼女を自宅でおいておくことはできない。
最初に搬送した病院に連絡したところ、原因がわかったのなら入院を引き受けましょうとなった。
救急車で搬送することになったのだが、今度は当直医が「僕は5時で業務が終わりなので、僕が付き添いましょう」といってくださった。
正直、びっくりしました。
今まで何回となく救急車に乗ったことはあるが、病院間でナースや医師が同行してもらえることは初めてあったから・・・。
その先生に「今まで、救急車にDrが同行してくださるなんて初めてです」とお聞きしたら「本来は同行すべきことですが、まだこの県では人材不足なのでどこの病院でもできていません。ただ、あちらの病院から看護師さんが付いてきてくださったから、こちらからDrが付いて行くのは礼儀なんです。」とおっしゃった。
当然とはいえ、なんとすばらしい先生だなと感激しました。
本当に心から感謝した次第です。
私の疲れも飛んでいきました。
そして、このナースのさりげないしぐさが、またしても、労をねぎらってくれました。
私が最初の病院でのDrにやや抗議めいた問いかけをしたときに、「私もこの方の普段を知っているから・・・」と声掛けてくれたときに、私の肩をポンとかるくたたいて「わかっているわよ」と視線をなげかけてくれた。
そして、一緒に救急車に乗る時にも「ご苦労さま」とまたも肩をぽんとふれて笑顔を見せてくださった。
さりげないしぐさがどれほど心を癒すものか・・・。
大変な一日であったけれども、新年早々、すばらしいお二人の行為に感動を頂きました。
 

ご家族の苦労を支える

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 1月 1日(日)00時47分7秒
  要介護5の利用者さんであっても、介護保険サービスでことたりるというわけではない。
ご家屋は他府県から息子さんと娘さんが交替で助け合えるところは、必死でお世話にきておられる。
経済的にもそうとうな負担がかかっておられるのは、よくわかる。
介護保険の限度額で抑えようと思って、巡回サービスや小規模多機能も問い合わせたが、排泄だけの巡回ではなく、生活援助がついていると、人材が足りないから無理ですねと複数個所からことわられた。
排泄中心で介護単位数を計画するのも。身体20分に生活援助がついていては使えない。
尿意や便意がわかっていて、日中はポータブルでできても、夜間は介助者がいないからオムツで我慢してもらっているが、夕方に排泄すると、朝はぼとぼと状態でじょく創ができてきた。
夜の加算がついてもなんとか単位数を調整できないものだろうかと思案するのだが、朝・昼・夕とヘルパーが訪問し、毎日家族が夜に遠方から通うというのは辛いものだと思う。
身体20分と生活の組み合わせができたら、夜間のケアも含め一日4回は介護保険で足りるのだが・・。
家族がいて排泄のみの巡回型サービスを使うのと違って生活全般の介助が必要であるから、身体に生活がつかざるを得ないのである。

夜間にポータブルトイレ介助が一回はいることで、処置Gへの汚染の度合いも違ってくる。
私は自宅が近いから夜に応援してもいいと思っているのだが、ご家族にしたら遠慮してしまう。
困った時には甘えなさいと伝えたのだが・・・。
毎日夜8時に通ってくるだけで、交通費もばかにならない。
仕事も持っておられるので、疲労は目にみえている。
私も業務外の時間帯ならボランティアに回ってもいいのではないか?

家族が支えるにも限界がみえているのだから、無理を押してまでも訪問してくださいなどとは言えない。

 

明けましておめでとうございます!

 投稿者:すみれ  投稿日:2017年 1月 1日(日)00時07分26秒
  松本先生、皆様、明けましておめでとうございます。

昨年は、利用者様の姿からいろんな生き方の学びを頂きました。
今年も、出会う方々の姿を通して自分自身をも振り返り反省しながら前向きに頑張っていきたいと強く願うばかりです。

過去から未来へ・・・。人との出会いはどれひとつとっても、今の自分があることにつながっている。
無責任な行動はできないと身にしみいります。
ケアマネとして、時にはインフォーマルな役割も必要に応じて、ともに手をとりあって生きていけますように・・・。
本年もよろしくお願いいたします。
 

新年明けましておめでとうございます

 投稿者:管理者  投稿日:2017年 1月 1日(日)00時02分58秒
  管理者の松本です。

新年明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い致します。

2017年度は、いよいよ、2018年度からの第7期介護保険事業計画の策定年度になります。
2018年度改定は、介護報酬・診療報酬同時改定であり、かなりの大きな制度、報酬の見直しが行われ、地域包括ケアシステムや、病院機能再編、地域医療構想等、医療・介護の一体的改革が、更に進展して行くと想定されています。

新総合事業(介護予防・日常生活支援総合事業)の全国における完全スタートとなり、居宅介護支援事業者の指定権限が市町村に移行する等、「市町村(保険者)の時代」となる一方で、市町村格差の課題も更に大きくなって行くと思われます。

また、地域包括ケアシステムの基本的な考え方だけでなく、少子高齢社会を乗りきるための社会保障全体の大きな見直しの必要性から、自助、互助の機能の更なる強化が求められ、具体的には、介護報酬や診療報酬等の引き下げ、利用者負担の増加、利用サービスの制限等、厳しい見直しが進むことは避けられないと思われます。

だからこそ、近隣住民の声かけや、公民館活動、商店街による宅配と見守り等も含めた、より一層の社会資源の活躍と連結等の役割が更に高まると考えられます。「地域は人」であり、「人こそが地域」なのだと思います。

そのことは、すみれさんの書き込みを拝見して、多くの情報や気づき等を与えていただいており、改めて感謝を申し上げます。これからも、末永く、よろしくお願い致します。

皆様のご活躍、ご健勝をお祈りしております。
 

施設か在宅かの判断

 投稿者:すみれ  投稿日:2016年12月25日(日)00時42分24秒
  退院して1ヶ月半ほど過ぎた○○さんは、退院後はご家族も入所しか無理と考えて資料請求や面談までしたが、本人の気持ち大事にしながら悩む日々であった。
退院してしばらくは本人も不穏もみられ、一人でベッドから降りようとして床に座り込んでいることも何度かあったが、毎日、関わる人ごとに「一人でいるときはベッドから降りては危ないですよ」と声かけを繰り返しながら、いつしかご自分から「一人で降りない。夜はオムツで我慢するわ」と素直に自制してくださるようになり、また、何事にも我慢をされるようになり、一時は認知症が進んで施設しか仕方ないと言っていたのがうそのようにさえ感じるこの頃です。
ディサービスも、以前から「絶対行かない」と言っていたのですが、今ではお風呂を楽しみにされ、話し相手ができたとディサービスの様子を聞かしてくださる。
そして、何かにつけて「マネジャーの言うことは絶対守るからよろしく頼むな」と必死で念押しをする。
その心の裏には、一人でベッド上生活の心ぼさが伝わってくる。
それでも、自宅からはほかへ行きたくない。私のことをほっとかないでな。といった響きが伝わってくる。
一時的に環境の変化でせん妄状態が見えたり物忘れや暴言が目立っても、本人の気持ちを尊重してあげることで、まわりの努力でこんなにも変わるものかと・・・。
認知症の方のケアは、本人の思いに耳を傾けてあげる。そこに信頼関係を築くところから始まると思う。
今、また、新たにひとり施設入所しかないと進められている方のプランが回ってきたのだが、私には、どうしても在宅は無理といわれることが不思議でならない・・・。
まだ、なにもわかっていない私がこんなことを言うのは間違っているのかもしれないが、ここ数日、毎日お会いするなかで、在宅生活の継続ができるのではないかと感じるのです。
自宅の環境は十分でないが、環境の調整はインフォーマルサービスの使い方でどうにでもなるような・・。
ふと、私の母のことを思い出した。
昔、盲人の貧しい親子の生活を支えていた母・・・。
私の家も貧しかったからお金で解決することではなく、母はご近所を回って古着などを集め仕立て直して衣服を調達しながらその方の子供さんが大きくなるまで支えたようである。衣服に限らず、食べ物にしても譲り合いながら・・・。
今の世の中では、リサイクルや使わないで眠っている価値ある不用品などが役に立つ。
私の利用者さんの中にも障害者家族で質素な生活をしていたところ、その方の地区の地域包括支援センターからたくさん衣類を頂いて助かったこともある。
私も、今日は知人から眠っている寝具を頂いてきた。毛布も布団カバーも埃がつまった状況の一枚ずつ限りであったので、明日には気持ちよく眠って頂けるのではないかと思う。
私は、母を尊敬しているが、母に恥じないように地域に役立つ生き方をしたいと思っている。
こんなちっぽけな私でも、誰かのために役立つ人間でありたい。
地域の支え合いが、在宅生活の継続におおいに役立つ事だと思う。
 

一時的な不安

 投稿者:すみれ  投稿日:2016年12月 3日(土)23時50分50秒
  入院・退院などで、環境の変化によって一時的な混乱を示される方に対して、家族や支援者は認知症が進行したとか、もう在宅は無理かもしれないなどと思い込むケースも多々ある。
○○さんは、入院したときには三日ほどしてせん妄が目立ち、病棟ナースも個室に移って家族の付き添いを勧められたが、家族としても仕事の合間に交代で付き添い、今後は施設入所しか仕方ないのかと迷われた。
施設もすぐというわけなく自宅に戻ったのだが、毎日仕事帰りに泊りにこられているが、本人がなんとかベッドサイドのポータブルトイレさえ使えるようになってくれればと主治医やPTの助言をききながら本人の回復を願っていた。
退院後、暴言が強くなり、わがままが目立ち、認知症の悪化と勘違いしてしまうようである。
本人の思いのなかには、退院してみたら、自宅内の雰囲気が変わってしまったことに、「頭のなかがようわからんようになっている。ここは自分の家か?」と環境の変化に戸惑いながら、少しずつ、自分の家だとわかってくると、「そうか?娘と息子が片づけたのか?」と納得・・・。
ただ、入院してからも退院しても、以前は大好きだった入浴に拒否を示すようになっている。
自宅では浴槽の出入りが困難にて、ディサービスにてお風呂にはいりましょうと勧めたが、どうしても嫌だという。
利用体験したが、「風呂につかれないところは行かん。という。
いくらそんなことはないと説得しても、「いや、この目で見た。あそこはお風呂につかれない」と言い張ってきかない。
大声で拒否をし、「だまされた」と騒ぎ、連絡が入り仕方なく迎えにいくことにしたのだが、浴室は奥まで見えていなかっただけだから、お風呂はつかれるのよとなだめ、次の利用日には私が一緒に行くからと約束して、浴室に入り浴槽に浸かれることを確認すると、すっかり落ち着いた。入院中も入浴拒否でシャワー浴だけであった。(1か月余り)
入院前はお風呂が大好きな人であった。
入浴ができたことで、大変気持ちがよくなり、次もディサービスに行くと約束して、待ち時間もしかたないわなぁと納得。
あれだけ暴言が多く、我儘をふりかざしていたのだが、以前の○○さんに戻った。
ご家族は、あまりの不穏に医師に眠剤や精神安定剤をお願いしてほしいとまで言っていたが、主治医はあまり使いたくないということで様子をみましょうと言ってくださったところであった。
物忘れは、確かに目立つところもあるが、入浴によって心身ともに快適さを取り戻したのかもしれない。
薬をつかわなくて良かったとしみじみ思う。
本人の訴えをみつけてあげることが大事ですね。
手間がかかってでも、本人の思いを大事にして寄り添ってあげることで、結果はひらけると信じる。
 

高齢になっても恥じらいを守ってあげられないものか?

 投稿者:すみれ  投稿日:2016年11月23日(水)22時37分2秒
  90歳を過ぎても認知症はなく、女性としての恥じらいももっておられる方が、自宅での入浴ができず、ディサービスを利用することとなったのだが・・・。
ディサービスという初めての環境で、一番びっくりしたのは・・・。
お風呂場は一般浴で複数の人が一緒に入るらしいのだが、ご自身は女性の方に背中を流してもらっていて、ふと、横を向くと男性の方がほかの女性の洗身介助をしておられたのを見て、介護施設では人員が足りないから男性の介助者が女性の入浴の手伝いをしなければならにのか、まぁ仕方ないですね。・・と、納得せざるをえなかった・・・。まぁ、これが一番びっくりした印象ですわ。
しかし、職員の皆さんが優しくて明るいから、まあ、ここでもいいですよ。

そこで、事業所に提供表を持参した時に、同姓介護は難しいのでしょうか?と尋ねたら、なかには男性の介護者でないと力がいって介護せざるをえないです。この世界では仕方のないことですよ。と、おっしゃった。
それはそれで致し方ないとして、なかには女性として恥ずかしいと意識のある方には、工夫をすることもできるのではないかなと、心の中でつぶやく・・。
利用者本人は、こういう世界もあることが勉強になりました。と、受け入れてくださったが、やはり私だったら入る順番を変えてでも工夫をしてほしいなと思うでしょうね。
ただ、誰にでもというわけではないが、せめて、いくつになっても、羞恥心があることは間違ってはいないから、本人の意向を尊重する一つの課題でもある。
 

自宅は安心できる。

 投稿者:すみれ  投稿日:2016年11月21日(月)00時10分56秒
  1か月ほど入院して、退院してこられた利用者さんは、入院して三日もたつとせん妄が出て、物忘れや話のずれが目立つようになったのだが、退院すると表情がとてもよくなり、顔色も良く、元気そうになってきた。
しかし、病院でもリハビリを毎日、行っていたことで、移乗も見守りでできるようになっていた。
在宅での一人暮らしは難しいかと心配したが、自宅に戻ってほっとしたのが表情でよくわかる。
自宅はこんなにも嬉しいのだなと、私までも顔がほころびた。
住み慣れた自宅で暮らせることは、ことのほか、幸せなものであろう。
一時的に老健施設かリハビリ病院への転院かと思ったが、家族の理解もあり、本人がやはり自宅がいいということで、落ち着いた。
施設にしてもリハビリ病院であっても、本人の意思を聞いてあげてくださいねとお願いをして、本人がどうしても家へ帰るという意思を尊重して後押ししてあげることができて、心から良かったと思いました。
前回の施設入所は、少し後ろ髪をひかれる思いであっただけに、ほっとしている。
高齢者住宅も増えてきているが、長年住み慣れてた自宅ほどいいものはない。
ご家族の協力も遠方からだが、今回の入院を経験して、仕事を終えてから泊りに来られる。
でも、あまり無理をして倒れないように、医療・介護の連携をもって身体的にも回復を促し、ご家族の介護負担も軽減できるように、心のこもった支援をしていきたいと思うばかりです。
 

物忘れ外来

 投稿者:すみれ  投稿日:2016年11月 9日(水)23時47分6秒
  最近、物忘れが急激にひどくなった利用者さんがいます。
ディサービスでもヘルパーさんにおいても、困ってしまう出来事が増えてきたので、本人を専門外来に受診していただこうとお願いすることにした。
認知症が気になるとは言えないが、「最近、物忘れが気になりませんか?」とたずねると、「そんなに忘れているかなぁ・・・」と、つぶやく。
そこで、「最近は、物忘れが度重なることもありますね。一度、物忘れ外来がありますが、相談してみませんか?」と声をかけると、「ふ~ん、物忘れを相談してくれるところがあるの?いっぺん、行ってみようか?」と、すんなり了解。
物忘れは年齢とともに、みなさん、経験することだからと話すと、本人はさほど傷つくこともなく受け入れてくださった。

だが、そのことをかかりつけ医に相談するのが、あとになってしまった。
数年来、何か所も手術をして、明日が半年に一回の受診日であったので、同じ病院の神経内科の受診を思いたったのである。もちろん、家族も希望の上である。
かかりつけ医が専門外でもあるとはいえ、先に相談すべきであった。
私自身の診察でお会いし、最近の様子を報告しながら、明日に物忘れ外来を受診することになったとは言えなかった。
いつもなら、かかりつけ医に相談しているのに、今回は抜けてしまった。

あとで、結果は報告するつもりではあるが、なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいである。
しかし、「物忘れ外来」という響きは柔らかいと感じる。
「認知症が気になって・・」とは本人に失礼で言えないあが、誰もが多少はとおる道でもある。

今日は、私は、シートベルトをしていなかったばかりに、旧ブレーキで補助椅子から転げて、手をついて、薬指の剥離骨折・・・(笑)
まぁ。テーピング程度で経過観察・・・。
同伴の利用者さんはシートベルトをしていて無事であったことが幸いである。
年とともに、骨ももろくなるなぁ・・・。
わたしもまた、物忘れに悩む日々・・・。
 

認知症の方の思いに寄り添う

 投稿者:すみれ  投稿日:2016年10月20日(木)22時56分22秒
  私たちは、よく「あの人はプライドが高いから大変ね」という話を聞くことがある。
認知症のケアにおいて、本人の意向を尊重するといいながらも、プライドが邪魔して介護がやりにくいということに多々、めぐり合う。
しかし、本人の立場になって考えてみると、プライドを持っているということは、過去の自分の人生観を覚えているからだし、よいことだとも受け留められる。
ご本人の人生を振り返り、寄り添うことで、苦労したことや楽しかった思いも知ることができる。
改めて、私もまた、そうした間違った見方をしないようにと反省するばかりです。
 

軽度認知症

 投稿者:すみれ  投稿日:2016年10月20日(木)22時45分27秒
  最近受けた研修は、軽度認知症の時期を発掘し、早めの対応ができるかが大切であることが共通認識できた思いである。
しかし、その支援の要は昔なら在宅介護支援センターであった。
今では、地域包括支援センターの閉める役割が大きい。
昔は、在宅介護支援センターの相談・指導を担うところとして、基幹型在宅介護支援センターがあった。今も、地区によっては、基幹型在宅介護支援センターもあれば、在宅介護支援センターと地域包括支援センターの両方を持つ法人が重きを占めているが、どこまで助け合えているのだろうか・・・?
地域包括支援センターは今は地域包括ケアの取り組みでいろんな業務が広がり、職員の入れ替わりも業務の大変さを感じる。
軽度認知症の方を発掘し、認知症初期集中支援チームの取り組みもすごいなと感じる。
介護の重度化を防止するには、何においても早めの支援の大事さを感じる。
それは、地域包括ケアならでは、地域でのコミュニティのなかから築きあげるべき事だと感じる。
「認知症予防のための運動~コグニサイズ」の講演を聴いて、自宅に帰ってから頭と体を一緒に使いながらするということは、なんでもないようであって、ふと、抜ける・・・(笑)
最近、物忘れは度をすぎると思うくらい・・・。歳を感じるなぁ・・・。(実感してる・・・)
それに、体の疲れも感じるようになり、仕事のしんどさも感じたり・・・。
今日も、研修に行くのに電車のなかで気持ちよく寝てしまって、気がついたら、電車の終点の一歩手前で目が覚めた・・・(笑)
あわてて、逆方向の電車に乗り換えてしまう有様。久しぶりの乗り過ごしでした。(笑)
私の地域の包括支援センター-も地域とのコラボで、いろんな介護予防教室を開催してくれている。
私も老人会の仲間入りしているから、地域の老人会の行事にはできるだけ参加しているので、専門職といえでも、あらためて学ぶことが多い。
栄養、運動、薬、歯の大切さ、リハビリなど、業務量が広がる中、頑張っているなと感謝している。
要介護にならないように、予防の大切さを地域のコミュニティのなかで広げて行くことがどれだけ大事であるか実感するこのごろである。
 

認知症の方の意思決定

 投稿者:すみれ  投稿日:2016年10月 5日(水)23時25分2秒
  私が支援するようになって9年が過ぎた利用者さんが施設入所へとなったのですが、私の心のなかには、本人にとって安心できる環境を得たという気持ちと、本当に本人の気持ちを尊重できたのだろうか?という迷いが・・・。なんだか、後悔が私を責めるような・・・。

本人はいい施設ですね。とは言っておられた。
ただ、将来的には入らないといけないときがくるのでしょうねと・・・言っておられた。
一ヶ月かけて体験を何回か過ごし、宿泊も体験したところで、入所となったのだが、本人は通うにはいいところだと思っている雰囲気がかんじられた。
半ば強引に進めてしまった感じもある。

完全なる意思決定を得て、入所となるのが理想だとは思うが、それを待っていたら入所の機会は得られなかったかもしれない。
偶然にも空きが出たその機会をのがしたら・・・いつになるかもわからない。
最近では、障害者の方にも本人の意思決定は重要視されてきた。
この意思決定が、どこまで優先すべきか・・・?
まわりから本人の意思を尊重しながらも、最小限の意思を確かめたところで、支援者の判断を仰がねば致し方ない・・・。そうならざるを得ない・・・。

必要での選択であったはずなのに、今後の事例においては、後悔のないようにと複雑な気持ちである。
住み慣れた自宅で暮らしたい・・・。当たり前のことなのに・・・。
 

価値観の違い

 投稿者:すみれ  投稿日:2016年 9月13日(火)01時29分33秒
  人は価値観の違いによって、状況判断が異なってくる・・・。
昨日の研修で、なるほど・・・とあらためて価値観が違うからと言って、人を批判すべきことでないと感じました。
人が災害・事故等で命を優先すべきは・・と問われたときに、国籍、名誉・地位のある人、高齢者、幼い子を持つ母、障害者の子を持つ母、独身の女性など、他・・・。
もちろん、命に差があるはずもないが、私は、幼い子には母がいる。子供にとって、母親は生きる糧であろうと思った。
そして、障害の子を持つ母の愛の重さを次に思った。
国籍や名誉・地位のある人は、その人の社会勢からして、世の中に重要な立場をもたらすかもしれないが、子を守る母親の愛情が脳裏を掠める。
子供も高齢者も障害者も、必要あらば社会で守るべき道はそれぞれにあるのだが、子を持つ母として、それよりも、今までの生きてきた人生経験のなかから、自分の人生観のようなものが価値観を左右するような気がした。
しかし、人は、立場が違えば価値観が違って当然である。
価値観が違うからと言って、可笑しい・・・というものでもない。
あらためて、人の考え方を平等に見据えることが必要だと学ばせて頂きました。

今も○○さんの入所に向けて、支援者の気持ちを無理無理、押し付けているような・・・
できることなら、ご自宅で生活ができるならばと・・・、今の自分の判断に罪悪感を感じながら・・・。
いやいや・・本人の安全性を優先するには致し方ないのだと、自分に言い聞かせながら。
でも、入所すれば、施設生活にもなれて、きっと喜んで頂けるのではないか?・・・
いろんな迷いが脳裏を掠めます。
支援者の中には、本人は嫌がっているのに可愛そうだ・・・と言う人も。
いや、もう在宅は限界ですよ・・・。
それぞれに間違っているわけではない。互いに○○さんのことを思ってのことである。
どうか、本人にとって、幸せな結果となりますように・・・ただ願うばかりです。
 

認知症の方の意思を尊重することの難しさ・・・。

 投稿者:すみれ  投稿日:2016年 9月 7日(水)22時01分24秒
  認知症が進み、在宅生活が困難になって、施設入所を選択せざるを得なくなったときに、半ば強引に入所を決めざるをえないケースも大半であろうかと思う。
どこで、過ごしているかも全く忘れていても、自分の家があるので、施設に入る必要はないと訴える方ですが、そのうち、忘れて施設生活になれて行くだろうとは決め付けられないので、日々悩んでいる。
補助人さんやご親戚の方も、本人の意思が少しでも入所への理解を示すことができれば・・・と願ってはいるものの、決して勝手に決めることはできない。
認知症の方に、入所の意思を示して欲しいと願うことは、大変難しいことである。
何度か、体験にお連れしたが、其のたびに説明を受けたことは全く覚えていないから「だましてつれて来た!」と怒られたり、それでいて、「ここはいい施設ですね」と其のたびに話されるが、入所したいとはならない。
今月は、まず、一ヶ月かけて施設への生活になれて頂くよう機会を設けることとした。
短時間のレクレーション参加から食事もふまえ、そして、最後は宿泊も体験できるようにと、少しずつ、施設生活を拡大していくこととした。
それでも一ヶ月で答えがでなければ、もしかして、延長となるかもしれない。
施設のほうでは、意外と順応できるものですよと言ってくださるのだが・・・。
心のなかでは、本人がこんなに嫌がっているのに、無理に施設を勧めていいものかと心を痛めながら、本人の安全な生活を考えれば致し方ないと迷いながら、いつも、この利用者さんの思いはどうだろうと思いあぐねる日々である。
他にも、今一人、家族との葛藤で落ち込んでしまう人がいる。
本人の意思を尊重したいのだが、それが最大の難関になっているケースの多いこと・・・。
ケアマネとして、どこまで、支え続けることができるか・・・。
最後のぎりぎりまで、本人の意思を正しく見つめてあげることができますように・・・。
 

人のうわさの真実は?

 投稿者:すみれ  投稿日:2016年 9月 7日(水)21時21分28秒
  今日、友人から「こんな悔しい思いをどこにぶつけたらいいのか・・・。あなたに聞いて欲しい」と電話があった。
居宅介護支援事業所を再開したので、ケアマネさんが地域包括へあいさつに行ったのだが、其の時に事業所の悪口を並べ立てられ、そのケアマネさんがびっくりして帰ってきたそうで、友人は、なぜ、そんなことを言われなければならないのか悔しくて涙が止まらなかったという。

私は、この事業所のディサービスも訪問看護もとても誠実であると感じている。
私の担当の利用者さんで、数箇所のディサービスやショートスティ先でも、受け入れは難しいと断れたが、この事業所だけは個別にしっかりと対応して頂き、本人が多少の不穏はあっても、穏やかにディサービス利用ができている。
ご家族も、大変感謝しておられる。
もちろん、訪問看護でも同じく、ご家族も信頼されている。
うわさを広めた○○さんが、地域包括へも一方的な内容の話を伝えたようだが、それを聞いただけで、すべてと判断して、批判することは間違いだと思う。

他にも、ある事業所のうわさが耳に入ってきた。
しかし、そこもまた、困った人には損を承知で動いてくださるところである。
人のうわさを参考までに耳に入れておいても、自分の目でみた真実を大事にしたいと思っている。
不適切なことがあるとしたら、保険者が判断するであろう。

まして、地域包括支援センターは地域の相談の要である。
一部のうわさ話をうのみにしないで、自分たちの目で確かめたうえで、公平に判断して欲しい。
挨拶に訪問した新任のケアマネさんに言うべきことではない。
地域の事業所の質を高め育てるのも地域包括支援センターの役割ではないだろうか・・・?

お互いに、自分たちの言動に人を傷つけてはいまいか日々見つめなおすことも必要であると思う。
 

他職種連携のことばとは裏腹に・・

 投稿者:すみれ  投稿日:2016年 8月23日(火)23時25分44秒
  今日は、今まで仕事に関して一生懸命前向きに努力してきたはずの私であると思ってはきたけれど、かなり寂しい思いをしたことがありました。
担当していた利用者さんが二ヶ月間の入院を得て、退院に先立ち、今後のことを考えて家族と相談して準備を進めてくださいといわれ、本人・ご家族ともに施設入所を希望され、地域連携室の方にも相談しながら、私なりにもあちこちの施設に相談をかけながらも、了解と言われながらもコミュニケーションが難しいからと言って結局は断られ、最終的にソーシャルワーカーさんのほうで、受け入れが決まり、施設から面接に来ることになったのですが、ご家族からも返事がないので、問い合わせたところ、相談員さんから私へは言わなくてもいいと言われたとのこと。
入院から施設入所だから、私には関係がないといわれればそれまでだが、長年、在宅で苦労を共にしてきた方だからこそ、なんだか寂しく思うのは私の勝手なんだろうか・・・?
入所に至っても、入院生活は2ヶ月であっても、それまでの在宅の状況などもお話できたのに・・・。
入院するときには、くわしく情報は伝えてあるからもう必要ないといわれれば、そうかもしれないが・・。なんとも、すっきりしない気分であった。
 

踊りにも素直さを

 投稿者:すみれ  投稿日:2016年 8月23日(火)23時05分28秒
  今年の夏は、本場の徳島で阿波踊りを楽しませてもらったが、主人が私の踊りを見ていて、「お前の踊りはやわらかさがない。ロボット踊りや」というのである。
幼い頃から、村の行事があるたびに楽しく踊ってきた私には、正直びっくりであった。
しかし、その原因は私自身も、すぐに気づいた。
昨年の夏から、阿波踊りの連で今の基本の踊り方を習うようになって、手足が自然に動かせなくなってしまったのである。
基本にそって手足を動かすことが難しく、長年、リズムに乗って好きなように踊っていたことを修正しょうとすると、体が固まってしまうのである。
あれだけ、手足も腰もごく自然に揺れ動いたはずが、確かに言われるように意識しすぎてぎこちない。

阿波踊りは、昔はお盆に霊を慰めるために村中を練り歩いた。
特に形などなかった。
私は戦後生まれで、3歳頃から踊っていたが、戦後の阿波踊りの形から、今はきれいに見せるための統一した基本の形に添って、アレンジしたそれぞれの連の特徴がある。
確かに基本はどの踊りをみても統一されていて、きれいである。

先日、テレビで、路地踊りを長年継承し続けてきた80歳台の高齢(元気な)の方の番組があって、パレードの美しさではないが、みんなが好きなように楽しく輪をつらね楽しそうに踊っていたのをみて、私が求めてきたのも、こういった自然の姿に帰って楽しく、「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らなそんそん・・」見も心も素直に自分を表現することなんだと感じたものでした。

もちろん、基本の形を大事にしながら、熟練された踊りを披露してくださる皆さんも、阿波踊りが好きでたまらない方ばかりというのも、よくわかる。
私が、まだ基本の踊りを意識しすぎて練れていないからだけのことでもある。

今では、関西では河内音頭や豪州音頭などは、楽しくて仕方がない。
お盆の帰省のあちに風邪を引いて熱を出してしまって、あちこちの夏祭りのお誘いにも断っているが、まだ、何箇所か盆踊りが残っている。早く、風邪を治して一緒に行きましょうと友人から声が係っている。
まさに、見も心も飛んで生きたい心境である。

人は、素直になることが大事。何事にも!!
よく見せようとかは必要ない。自然体で生きればそれでいいんだと改めて思いました。
たかが、踊りかもしれないが、そんな小さなことからも自分を見直すきっかけをもらいました。(笑)

 

家族の絆

 投稿者:すみれ  投稿日:2016年 8月15日(月)00時20分13秒
  昨日から徳島の阿波踊りに連れて行ってもらって、今日は、田舎のお墓参りに行くことができたのですが、今日、初めて主人の思いに触れて今まで誤解していたことに申し訳なく思いました。
実家の姉やその子供たちの障害のことで、私と主人の間に溝ができ、実家の墓は私が守っていくと誓いながらもなかなかお墓参りも遠のいてしまいました。

阿波踊りに行ったついでにお墓参りに帰ろうと行ってくれたとき、私だけが一人で帰るものと思っていたのですが、主人の車で連れて行ってくれました。
主人にとっては、もう、二十数年ぶりになるでしょうか?
親戚のおばさんもすでになくなっており、世代交代してお墓の杜を頼むのはあつかましいことと。
お墓が雑草にうずもれていて、主人が一緒だったので、きれいに掃除をしてくれました。
思わず、涙が出ました。
そして、お墓を後にした時に主人が、「今まででもやもやしていたが、なんだかすっとした。今日は掃除道具も持っていなかったので、十分にはきれいにできなかったが、今度は準備一式持って帰ろう。」「無縁仏にしなくてもまだ5年は帰ってこれるよ。」と・・・、思いもかけない言葉が・・・。

私の田舎は、大きな車では入ることができないので、手前に知り合いの場所へ車を置かしていただいて2.5kmくらい歩かねばならず、おみやげも重く、汗だくだくで、主人にすれば往復500kmくらいを一人で車の運転をして阿波踊りでも参加して、足が痛いといいながらも一人で頑張って文句をいうわけでもなく、私の疲れをねぎらいながら優しい言葉をかけてくれました。

時間が足りず、私は姉の家には立ち寄れなかったが、主人にも、近々母の命日もあるので、姉の将来の生活のこともあるので、今度帰らしてもらいます」と素直に伝えることもできました。
私の心の中には、姉のことは私が働いて見守っていくから、あなたには迷惑はかけないから批判はさせない・・・と強気の思いがずっとありました。

家族でも、なかなか溝が入ると幸せだと思っていても、互いにそれぞれの思いを語り合えないこともある。
そのために、どこか平行線をたどることもある。
ケアマネの仕事をしてきて、16年・・・。さまざまな家族の関係にも出会い、それもまた、他人事ではないことにも出会いながら、互いの思いやりの心を引き出しながら関係の修復にも努めてきたケースもある。
他人には優しくできても、自分自身のこととなると、強情が邪魔をすることもあった。
いつも、人生勉強だなと反省しながらの積み重ねである。
今日、改めて主人の思いに触れ感謝の心を忘れないようにしたいと覚悟したものです。
 

家族の絆

 投稿者:すみれ  投稿日:2016年 7月23日(土)22時33分49秒
  最近、主人は点字タイプライターに夢中である。
私の為にとインターネットで中古の点字タイプライターを買ってくれたのだが、私は機械操作を覚えるのがにがてで、主人は機械操作はすぐに覚えて、毎日点字の練習に一生懸命である。
私は点字版で点訳するほうが楽である。
ちょうど、主人が点字タイプライターで漢詩の点訳練習をしていた時に、娘が仕事から帰って来て、思わず、父親に「こうして覚えたほうがいいよ」と助言したところ、「なんで?お前は点字を覚えているのか?」と不思議がっていたのだが、娘が小学校の頃に点字の学習があって、私の点字版と点訳本を小学校へ持っていって、役にたったということがあったのだが、娘が中学校に入った頃に、ポケモンのゲームがはやり、ゲームをクリアするのに点字を覚えないと、ゲームが進まないことがあって、其の時に必死で点字を覚えたというのである。

「そんなことがあったの?」・・・。
今、ポケモンGOが大変な人気で、大人も子供もポケモンGOの話でもちきりである。
主人が、点字や手話を誰にでも気軽に親しんでもらえるのに、ゲームの楽しさの中に組み入れたら、自然とみんなが覚えるのになぁ・・・。
まさにそうなればいいのにと思う。
障害者も高齢者もこころのバリアフリーを感じられる地域づくりによって、人とのつながり、助け合いの心が築かれていくことでしょう。

なによりも嬉しかったのは、家族で共通の話題をもって笑いが楽しめたことです。
昔、まだ末っ子は生まれていない頃ですが、婦人部の活動で詩吟倶楽部に入ったところ、自治会の同好会だったから家族も誘ってということで、主人が一緒に習い始め、姑さんや、子供三人に始まって近所の子供たちまで数人が参加した時期がありました。
其の頃は、本当に楽しかったのですが、人生はうまくいかないことも起きる。
四人目の子供が生まれてから、長女の大学や次女・長男の進学をも含めて、私の実家の問題などもあって、家庭崩壊の時期がありました。
それから数年・・・、今では笑い声も多い我が家に戻っています。
といっても、腹にすえかねるような意見の食い違いもありますが、だれかが我慢をしなければならないことも多々あります。
なにもかもうまくいくとは限らない。

私の仕事を通して、ご利用者様とご家族の意見の食い違いで、いつかはわかりあえるときが来ると信じて、本人と家族の思いを尊重しつつ、ゆずりあい、受け留め方など、ともにその悩みにつきあいながら、どうかいつか分かり合えますようにと願うこのごろです。

高齢者は、私たちよりはるかに多くの経験のなかに深い人生観をもっておられる。
認知症があっても、頑張って生き抜いてきた思いは消え去るものではないことを感じるからである。担当させていただいたお一人ごとに、人生勉強をさせて頂いていることに感謝の心とともに支援をさせて頂く責任を感じるばかりです。
家族の絆を守るお手伝いが少しでもできればと痛切に感じています。
 

研修記録の整理をしながら

 投稿者:すみれ  投稿日:2016年 7月10日(日)00時20分55秒
  私が独立してから丁度10年余り過ぎて、書類の山にて少しずつ片付けてはいるものの、事務所の書壇場のほかにも隣の部屋の押入れにもいっぱいで、不必要な物は思い切って処分をしょうと、今日、一日かけて汗だくで片づけを行ったのだが・・・。
介護保険書類は終了して5年間はおいておかないといけないので、利用者さんによっては、ファイルが数冊にも及ぶものもある。
何よりも捨てきれないのが、研修記録である。
H19年から毎年、1年ごとに整理はしているものの、その資料もすてきれない。
ただ、いつ、どんな研修があったかが人目でわかるから10年間の研修の歴史みたいなものである。
同じような研修も繰り返しあるのだが、公的なものではなく個人で自主的に受けたものは、内容の濃い物も多いので、今、地域包括ケアを問う中でも、過去からすでに訴え続けられてきたように思う。
中でも地域福祉においては、施設のありかたについても、20年前にでさえ施設は地域の中へ出ていくべきだといわれてきた。施設に入所していても、地域の住人として活動の機会を得られるように・・・。もっとも、最近では、施設行事に地域の皆さんが参加できる機会も増えてはきたり、夏だと地域の盆踊りに施設入所の方も参加されることも増えてきたように思う。
他職種連携にしても、都道府県によっては、保健福祉センターが中心になって医療・福祉・介護の連携を担っているところも多々ある。
私にしてみれば、他職種連携は今に始まったわけでもなく、介護保険創設当時からも必要な方には支援が行われてきたと感じている。
私は、介護保険創設当時から、医療連携はそれほど困ったということも少なくはない。
今でも忘れられないのが、腹水がひどく全身浮腫で食事もとれず、このままだとあと数週間の命といわれて方を、本人・家族の願いで退院し、往診医と訪問看護も受け入れも互いに相当の覚悟のもと、二箇所の訪問看護が毎日交互に入り、医師も頻回にきてくださり、半年過ぎた頃には車椅子に座るようになり、もちろん、食事も美味しく摂取できるようになった。
私もケアプランを依頼されたときには、医師・ナースともに受け入れをお願いしたものの、命の保障はできないのではないかと不安であった。
この方のように、命がけで支援する面持ちだったが医療の連携なくしてはできないことである。
それも、いろんなネットワークに仲間入りさせて頂いたおかげかもしれないが・・・。
このことは、私のケアマネ人生であらゆる分野で学びの機会を得たことが宝だと感謝している。
結局、研修記録は処分はできず、過去の研修が今も役立つ資源となっている。
最近では、習ったことも忘れているので、繰り返し受けてもあぁ・・そうだったなあ・・と改めて納得ということも・・・。
昔から飲み込みが悪く、理解できるまでには人の3倍はかかる人間なんです。
でも、勉強は好きです。それを生かしてくださり、いつも私を支えてくださる仲間がいることに感謝しています。
自分の力だけでは、何もできません。医療・保健・福祉・介護の仲間に恵まれていることに感謝するばかりです。
 

ペットの存在

 投稿者:すみれ  投稿日:2016年 7月 2日(土)23時57分48秒
  子供たちが巣立って、高齢夫婦になったり、高齢の一人暮らしのなかで、ペットの存在は心の癒しというか、家族の存在とも同じく、生きる糧をもらっているのだと思う。
我が家の猫も、肝臓の値が高く、毎日点滴をしてもらっているが、水分もえさは全く口にしょうとせず、今日は血尿が出ていた。
たぶん、点滴をしていなかったら、すでになくなっていたかもしれない。
主人は、夕方、早く帰って来て、「はよう、動物病院へ行こう!」とせかす。
「どんなに治療費がかかっても○○のためや。惜しくはない。はよう、元気になれよ。」と・・・。
そして、自分でも「嫁がしんどくても病院へ連れて行ってやらんのに、猫は何が何でも連れて行く」と言って笑っている。
先日も、私が血圧が高くてふらついて、外へ出ることもできず、病院へ連れて行ってと頼んでも、自分で行けといって、とりあってくれなかった・・・。内心、悪いと思ったのかな・・・(笑)
毎日、朝になったら、「元気か?」夜中も○○が主人の布団に入ってきたら嬉しそうに話す。
まるで、子供が一人増えたみたいです。
ペットは、家族も同然だから当たり前かも・・・。
年老いて、一人暮らしや子離れした老夫婦が猫や犬に癒されるのはわかる気がする。
たとえ、ペットを飼っていなくとも、人の寂しさを分かち合い、支えあえることを大事にしていきたいと思います。
 

延命処置の選択?

 投稿者:すみれ  投稿日:2016年 7月 1日(金)01時21分18秒
  先日、テレビ番組で、延命処置を望むか否かの問いに対し、選択してもしなくても、どちらも後悔に自分を責めるという声も多かった。
この番組を見た翌日、我が家の猫が水分も餌も全く食べず、胆汁のような嘔吐が頻回で、動物病院に連れて行ったものの、すっかり動く元気もなく、ただ、そんななかにも死に場所を探すかのように、家の中で、目に付かない場所を探して身を隠すようになった。
もう、15年になるから老衰で仕方ないかもと思ったが、主人は、それでも、翌日に点滴に連れて行こうという。
私は正直なところ、先日も注射をされると、うなり声を出して怒っていたことを思い出し、かえって苦しい思いをさすくらいなら、そっと見守ってやるしかないと思っていた。
それでも、主人の思いに押されて、先日見てもらったところは休みで、別の動物病院へ連れて行って、点滴をしてやってほしいとお願いした。
診断は同じようなものであったが、ただ、先の病院は、連れてくるのが遅かったねといわれた。
今日、行ったところの獣医さんは、肝臓の値は、とても猫の最大の数値を超えているが、顔は穏やかだし、今すぐどうこうということはない。しばらく点滴を続けて、吐き気どめも入れておきましょう。と処置をしてくださった。
帰って来て夜、歩く元気が出てきて、二階から階段を降りてきて、主人の傍へ行き、一緒に添い寝している。かと思ったら、また、二階の私の傍へ来た。
よかったね。よかった!主人がもう一度、元気になってほしいと思った一念が勝ったようである。
いつも、私の腕の中で寝ていた猫なんですが、主人のほうが愛情が強かった・・・。
あきらめないでよかった。
泣き声も出るようになった。体重はわずか2.3kgに減っていたが、水分もとれるようになれば、元気を回復してくれるでしょうか・・・。
ペットとはいえ、15年も一緒に暮らしていると家族の一員である。
人間と猫を一緒に考えげられないこともあるが、猫といえども飼ったかぎりは、責任がある。
昔、生まれて間もない猫を土管の中から連れ帰った娘が親なら、私にとっては孫も同然・・・。
いとしさは計り知れない。
まだ、口からも入らず、排泄も出ないが、どうか元気になりますように祈っている。
 

独立一人ケアマネの努力

 投稿者:すみれ  投稿日:2016年 6月 9日(木)20時07分51秒
  最近、ケアマネの人材育成や情報取得において、独立ケアマネは弱いというようなコメントが多く聞かれるが、私が知る限り、独立ケアマネはより情報を得るために、自己研鑽に励んでいる方は多いと思います。
一人だから情報が入ってこないとみられがちですが、一人だからこそ、いろんな研修に参加して、時には初心者向けの研修にも参加して新しい情報についていけるよう、努力は欠かせません。

個々に他のケアマネを指導する機会はなかったが、事例検討会や事例研究会などの場でも、参加者グループの中で自分の意見を伝えることもあれば、自分の事例で他からの意見も得て、また、其の中から社会資源情報を得ることも大変助かっている。

独立ケアマネの人は、経験を得て独立を目指した人が多いと思うが、職場での人材育成をする機会がないからと言って、リーダーとしての資質がないとは言えない。
それでも、主任ケアマネの資格を継続しょうとするからには、実際に他のケアマネを指導した実績がないと資格は認められない。

先日、独立ケアマネの友人と相談しあって、勉強会を始めることにした。
やはり、友人からの指摘は参考になって心地よい刺激をもらった。
毎月一回、近い地域の独立ケアマネさんに呼びかけて、勉強会を開くことにした。
互いが順番にリーダーになって、地域のなかでのケアマネ育成の場をつくろうと思うことで一致した。
今年は主任ケアマネはあきらめることとしたが、29年・30年の機会をめざして頑張ることとする。年齢も悩むところではあるが、仕事を続ける以上は、いつも前向きに努力は忘れたくない。
友人もまた、今までの努力を無二したくないと同感であった。
 

身体抑制

 投稿者:すみれ  投稿日:2016年 5月30日(月)01時04分8秒
  病院や施設では、時には、安全のために身体を抑制せざるを得ないことも日常にある。
もちろん、同意書はとっているが、いとも簡単に同意書さえとれば抑制が行われざるをえない。
先日も、利用者さんの入院に付き添っった時のことである。
緊急搬送だったので、娘さんは入院の準備も十分できておらず、衣服の汚れに着替えや入院準備をするために自宅に帰りたいとなった時に、医師やナースともに、「本人の傍を離れるときには抑制させて頂きます。」「転倒のリスクを避けるためにご承知ください」ということであったが、この利用者さんは、認知症もあるが、一人で動くことはないし、抑制されることは不穏を招くことも予測される。
娘さんにしても、本人は絶対に一人で歩いたりはできませんから・・・とお願いはしたのだが、個室なので、見守りも行き届かないから、付き添いの交替をつけて欲しいとなった。
本人と娘さんの二人暮らしなので、他にも頼む人もいなく、私が付き添っていますからということで、了解を得たのだが・・・。
確かに基準看護で付き添いは必要ないとしながらも、現実には認知症があると、付き添いを要求される病院も多い。
特に夜間は50人の患者さんに病棟ナースは二人しかいないから無理もないことではあるが、本人の気持ちになれば、絶対に嫌であろう。
私がもしも同じ立場になったとしても、嫌だと思う。
抑制に限らず、オムツを強制的に使用させられる病院もあるが、そのために本人の機能低下を招くこともある。
本当にやむなくせざるを得ないものか、手順の簡素化のための利用となっていないか、まだまだ見直す余地もあるのではなかろうかと悲しく感じたものです。
 

ささやかな思いやりの心

 投稿者:すみれ  投稿日:2016年 5月30日(月)00時35分20秒
  今年も、我が家の庭にアマリリスの花が咲き出した。
鉢は5個なのだが、順番にみごとな大輪の赤いアマリリスである。
私と主人は、毎朝、今日はどうかなと楽しみにしているのだが、不思議とあまりにも美しいので主人が姉と友人に一鉢ずつあげることにしたと言っていた矢先、毎朝、このアマリリスを見るのを楽しみに散歩される方に気づいたのだが、その方が「脳梗塞になりましてなぁ・・」「お宅の花はきれいですなぁ・・」と主人に声をかけられたようだ。
近所の方のようで、毎朝、私の家の前まで杖をついて歩いてこられ、花を見るとユーターンして来た道を帰って行くのである。
主人は、せっかく花を見るのを楽しみに散歩されている姿に、「もう、他へやるのはやめとこうか?あんなに楽しみにしてくれているのに、一本でも多いほうがいいだろう」と、アマリリスの嫁入りは中止することにした。
そんな、主人の優しさに触れ、「いつも頑固一徹なひとだけど、いいとこあるじゃない・・」と嬉しくなった。
これも、小さなリハビリに貢献しているのかもしれないなと感じるものである。
 

主任ケアマネの更新

 投稿者:すみれ  投稿日:2016年 5月23日(月)00時13分31秒
  今年から、ケアマネの研修制度が変わってきて、そのなかで主任ケアマネの位置づけが指導者としての立場を条件として、目的を果たさねばならなくなった。
H19年に主任ケアマネの研修を受け、その後もステップアップ研修や、公的・民間でのあらゆる研修に参加してきた。
それは、仕事をする上で、自己責任が果たせるために知識や情報を身につけ、地域や人に役立たせるために努力してきた。
ただ、私は独立型の一人ケアマネであって、講師や指導者としては他のケアマネに研修するという立場のものはなかった。それでも、いろんなネットワークでの事例研究会には参加して、自分の担当してきた事例の提供をもって、みんなで話し合ったり、他のケアマネさんの提出した事例を一緒に意見を出し合う機会は恵まれていた。
確かに、リーダーとして指導するという器はないが、研修のなかでは、意見を出し合い、自他ともに伸びていけることを願って、勉強の機会を積み重ねてきた。
それでは、今年からの主任ケアマネの更新は受けられないことがわかった。
地域包括や特定事業所などで、複数のケアマネの指導のできるケアマネの育成を目的としているから・・・。
でも、とてもくやしい思いがする。
介護保険制度と同時にケアマネを仕事とし、最初から公正・中立をめざしてずいぶん、事業所の代表者とも衝突しながら、改善をもとめてきた。
介護保険制度が開始する2000年4月1日の朝を迎えた緊張が今も脳裏をかすむ。
まづは、ケアプランの作成ができているか・・・。
そのために応援で雇われて、2000年3月31日は最終電車で帰宅したものです。
そして、当日、サービスがちゃんと動いているか、確認。
措置の時代から動いているサービスの連続の人も多い中、介護保険サービスの位置づけ・・・。
今、あのころの緊張がどれだけあるだろうか・・・?でも、とっても懐かしい・・・。
今、他職種連携を必死で訴えているが、昔から医療・保健・福祉の連携はあった。地域格差は大きいと思うが、私は其の点、他府県で濃い学びをもらったと感謝している。
経験といろんな研修の場で、育てて頂いたと感謝いっぱいである。
今年は、主任ケアマネの更新をあきらめざるを得ないが、来年まで元気で仕事をしていれば、地域での小さな勉強会の場でもつくって、来年に挑戦できるだろうか・・・?
私は、知識や情報を身につけて、利用者さんや地域で役立たせることさえできればと思って今まで自己研鑽めざしてやってきた・・・。
ただ、それだけ・・・。気軽に意見交換の場で、役立てばいい・・・。
70歳を超えても、頑張って働けるかなぁ・・・。あと、まだ少しあるかぁ。(笑)
 

癌の告知を受けたときの選択は?

 投稿者:すみれ  投稿日:2016年 5月12日(木)01時38分41秒
  最近では、癌の告知はほとんどの医師が伝えることが多くなってきたように思うが・・・。
但し、どうするかは本人の人生観を尊重し、強引には治療を進めることもできないようである。
今日も、一人の早期癌の患者さんの説明に立ち会った。
早期だからこそ、手術が一番いいだろうということであったが、本人は、あと5年生きられたらいいから手術はしないという。
放射線療法やホルモン療法などもあるが、それぞれリスクも伴い、どの治療法を選ぶかは本人の人生観によるから、医師がどうしろということはできないのです。とのことであった。
今はまだ、転移もしていないようであったので、元気だからまだまだ大丈夫だと思っている。
私は先の苦しみを多くの利用者さんにみてきた。
今はよくても、先の苦しみで、本人も家族もその痛みに死を待つ辛さを知っているだけに、本人の意思を尊重するということがどんなに残酷な結果をまねくのか怖い気さえする。

別に癌に限らず、本人の意向を尊重するということがいいのかどうか迷うことも多々ある。
しかし、人生観=死生観となるのか・・・?
もし、私が癌の宣告をされたとしたらどう選択するであろうか?

私も、過去にはいろいろと入退院をくりかえしたこともある。
中学校の頃から心臓が何度も止まりそうになって、死んでしまうのかと親を心配さしたこともあったが、検査をしても異常はなく、冬などは外とバスの中の温度差で呼吸ができなくなったり、30あまりの徐脈になってころげまわったこともある。それなのに、精密検査をしても異常がみつからない。
18歳の頃に心臓血管痙攣症なんて病名をつけてもらったのを記憶している。
特に内服薬があるわけではなく、神経症的な問題があるとも言われた。
もともと、幼い頃から内向的な性格であったので、自分で病気を作ってしまうような面があったのかもしれない。

それでも、人生いろいろ社会に、もまれて行くうちに、相談業務を仕事とできるようになり、今は、不整脈で苦しむことなくなった。
30代後半に腰椎分離すべり症で手術をして、3ヶ月ギプスベッドで手足しか身動きできなかったころ、排泄の辛さに、これほど辛い思いをするのは二度と嫌だ、今後、手術をして、排泄のお世話になるくらいなら、入院なんかしたくないと思ったものだ。其の後、3年くらいは何度か寝たきりに近い状態になって、まだ当時小学生だった子供たちや夫に苦労をかけたままになるのだろうか?と介護を受ける側の辛さが身にしみたものです。

幸いと言うか、今は元気に仕事もできている。自転車で走ることが足腰を丈夫にしてくれたと感謝している。それでも糖尿病や目の病気など、日々戦っているが、不思議と元気を維持している。視力はかなり低下してきているのに、手術の不安はぬぐいきれない。
ただ、今の私が変わったことは、精神面では強くなったということである。
生活改善には努力して、健康を維持したい。くよくよは悩まない。

今から思えば、昔、小脳梗塞の疑いがあるかも・・いや更年期障害でしょう、自律神経失調症ですね、いや・・精神科でカウンセリングを受けなさいとか、次々に脳外科・婦人科・精神科へとたらいまわしにされ、精神科では全く治療に及びませんといわれた頃が可笑しいくらいである。

人にはそれぞれ、本人の過去の生きてきた経歴の中、医師が言われるようにその人の人生観を無理に変えることもできないし、ただ、その人がどう変わるかは、もしかしたら、周りの支援者によってプラスにもマイナスにもなるかも知れない・・・と思う。
 

しあわせに感謝

 投稿者:すみれ  投稿日:2016年 5月 1日(日)01時32分44秒
  熊本・大分県では地震の災害が続いており、多くの被災者の皆様の悲しみを思うと、私たちにできることは何だろうか・・・。街では高校生のグループが募金活動を一生懸命している姿に、募金をするくらいしかできず、今の自分のしあわせに身をつまされる思いです。
災害に限らず、経済的に苦労している人たちに出会うこともある。
今日も、一人から電話があった。
以前に窮地にたたされた友人にわづかのお金を貸してあげたことがあった。
其の方の職場が倒産したばかりに、給料ももらえず、私に頼むのもよほどの勇気がいったであろう。
しかし、私も彼女に仕事面で助けてもらったこともあり、返してもらうつもりもなく、使って頂いたのだが、彼女は職場が見つかったときも報告してきて、皮肉にも体を壊して退職となってしまい、其のたびに状況報告をしながらお金が返せないことをわびていたが、私はお金を返してもらおうとは思わず、彼女の感謝の気持ちが伝わってくるから、それで十分だと思っている。
いつも真面目に一生懸命仕事をしていた人だから、彼女が悪いわけではなくその状況に追い込まれた環境にも責任がある。
今の世の中、離婚して女一人で子供を何人も抱えて苦労している者もいる。
社会保障は、十分でない。先日、テレビで、今の世の中、年金をもらっても、親の介護にお金がかかり、子供の生活にも助けをしていて、自分自身が生活の破綻に追い込まれるという実情がたくさんあることに触れ、介護にお金もかけられない人たちが増え続けている。
私の年代も、2025年には75歳を超える。
自分たちの老後のたくわえができるであろうか?と不安になる。
若くして親に尽くし、老いては子の助けもし、将来の蓄えもしなくてはと思いながら、主人も私も健康への不安も抱えながら、それでも、今、子供たちにできる余力があることに感謝するばかりです。まだ、夫婦共に現役で働きながら年金をもらっているからこそできるのだけれども、それでも預貯金を崩しながらの生活でもある。
ただ、周りをみていて、年金暮らしで介護を受けることにも躊躇しなければならない人たちが増えてきている現状を見るにつけ、将来の介護保険制度の大変さはわかるが、国民年金を老後の生活にあてている人たちにとっては、本当に大変な問題であることを痛切に感じる。
介護保険制度の適正化は必要なことではあるが、介護費用の負担はが大きくなると、サービス利用を控えざるを得ず、しいては重度化を増す結果も伴うことでしょう。
そのためにも、地域で助け合えるしくみを住民に真剣に伝えていかねばならないと感じます。
専門職の間では地域包括ケアはなにかとは周知してきていると思いますが、地域の住民のみなさんに広めていきましょう。
 

変換ミス

 投稿者:すみれ  投稿日:2016年 4月 9日(土)01時15分22秒
  書いた文章を読み直したはずなのに、まだ変換ミスが残っていた。
運動の習慣→週間になっていましたね。(笑)頭の回転は歳とともに鈍くなっていくのを感じます。
物忘れがひどくなっていくのでMRI検査でもと思いつつ、診断が怖い私です。いやぁ~大丈夫かしら・・ね。
 

体内脂肪

 投稿者:すみれ  投稿日:2016年 4月 9日(土)01時09分32秒
  今日、利用者さんの心臓カテーテル検査に付き添うこととなったのだが、術後にDrから説明を一緒にモニターを見ながら説明を聞く機会を得た。
私もそうだが、日ごろ心肥大がありますねと聞くことも多いが、其の実態は心臓の周りを脂肪が覆っていて、実際の心臓は普通の大きさで年齢からすると元気ですよと言われた。
確かに、その脂肪はかなりの厚みがあった。
腹部や腰部が冷たく、冷え性かななどとも言われることも多い。
脂肪が覆いすぎて冷たいのだといわれたことがあった。
この脂肪を減らすには、体重を落とす努力をすること。
それには、運動が必要である。
しかし、毎日、規則正しく運動を週間づけようと思っても、楽に慣れてしまうと長続きしない。

主人のお姉さんは、10年来、毎日欠かさず近所のお仲間たちと1時間歩いている。
雨の日も道ですれ違うこともよくある。
兄嫁さんは、毎日、ラズオ体操に通っているそうだ。
主人のお母さんは、98歳だが、今年になって畑仕事こそやめたが、毎日、30分くらい近隣の散歩を続けたいるし、踊りの慰問もまだ続けている。
心筋梗塞の持病はあるが、ここ数年は発作もなく、とても元気です。
ディサービスに通ってみたいというけれども、まづ自立でしょう。介護保険料は支払っても利用対象とはならないわね・・。(笑)
私といえば、体内脂肪は高く、血管年齢も10歳ほど上である。
いつ、脳梗塞を起こしても不思議じゃないですよと忠告を受けた。
しっかり運動して、体内脂肪を減らさなきゃ・・・。
私は糖尿病の薬を飲むと浮腫みが出て体重が増えて行く。何度も薬を変えたが、ひどくなるばかりにて、薬を止めて食事療法に徹するようにしている。
不思議と体の調子はよい。
だからと言って、誰でもがそうなるとは限らないが、病気を体験して医学では診断できないことは多々ある。
目のことだが、以前、血糖が急激に下がると眼底出血しやすいとインターネットで見たことが、自分自身に当てはまると思ったが、内科のDrも眼科のDrにも信じてもらえなかったが、糖尿病と長年お付き合いしている方から、何人か同じことを聞いた。
薬を止めてから、眼底出血の症状は消えた。
視力低下はあっても、ほかの種々の症状は消えたのである。
私には糖尿病の薬は会わないようである。
日ごろから、健康な体をつくること・・・。
介護予防やそれ以前の頃から、運動の機会を増やし、食事にも気をつけて、健康が維持できるように暮らすこと。
今、少しづつ、体重も減ってきたようです。
それでも、甘いものは好きだから、我慢との戦い・・・(笑)いつまでも元気で、ケアマネの仕事も続けたい!頑張ります!皆さんも健康には気をつけてくださいね。
 

レンタル掲示板
/30